コラム

中国を外に駆り立てるコンプレックス

2018年05月31日(木)13時00分

中国は、急速な経済発展によって自信を隠さなくなってきたが、実際には、米国の経済的圧力は中国経済に大きな打撃を与えることが明らかになってきている。米中の貿易協議では激しい駆け引きが続いたと報道されたが、それだけ米国の圧力が強かったということである。

2,000億ドル相当の米国産品を輸入することになったという報道については、中国外交部は否定したものの、中国は米国からの輸入を大幅に拡大するという譲歩を行わざるを得なかったと考えられる。

中国は、一方的に譲歩を迫られる状況にいつまでも甘んじるつもりはない。米国が中国の経済発展を妨害するという危機感は、中国の急速な軍備増強にもつながっているのだ。そのため、中国が言う「米国の妨害」を排除するために中国がとる行動については、慎重に分析しなければならないのである。

党中央の権威を高める

中国は、「屈辱の百年」という非常に強い被害者意識を持っており、自国には「過去の繁栄を取り戻す」権利があると強く信じている。自らの権利の行使を妨害されていると考えれば、強硬な手段をとる可能性があるということだ。

2018年4月12日、南シナ海で行われた史上最大規模とされる中国海軍の観艦式において、習近平主席が「今日ほど海軍増強が迫られている時期はない」と述べたことからもわかるように、党中央は危機感を持って軍備増強に取り組んでいる。

しかし、同時に、中国共産党は人民解放軍の党中央に対する相対的な権威の低下を図っている。習近平総書記をはじめとする党中央は、「新時代」の中国を領導するために党中央の権威を高める必要性を感じており、その権威に挑戦する可能性のある組織や個人の相対的な権威の低下を図っているのだ。

軍備増強と軍の権威の低下は、矛盾するようにも見える。しかし、中国人民解放軍の2つの方向性は、習近平総書記を始めとする党中央の問題意識を基にしている。

習近平総書記への権力集中を促すその問題意識は、中国が「新時代」に入らざるを得ないことから来ている。この「新時代」は、中国が言う「二つの百年」に関係している。「二つの百年」とは、中国共産党結党100周年の2021年と、中華人民共和国成立100周年の2049年である。

そうすると、2022年に開かれるとされる中国共産党第20回全国代表大会(20大)までに1つ目の「百年」が訪れることになる。鄧小平氏は「小康状態の完成」を指示し、中国共産党は「2020年までに『全面的な小康状態』を完成」するとしている。「偉大な指導者」である鄧小平氏の指示は必ず達成されなければならないことから、2020年に鄧小平氏の指示を達成した後は、新たな目標が必要になる。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

筆者の過去記事はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三井物産、26年3月期は14%減益見込む 市場予想

ビジネス

エアバスCEO、航空機の関税免除訴え 第1四半期決

ビジネス

日銀、無担保コールレート翌日物の誘導目標を0.5%

ワールド

日韓印とのディール急がず、トランプ氏「われわれは有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story