コラム

中国を外に駆り立てるコンプレックス

2018年05月31日(木)13時00分

習近平の肩にのしかかる屈辱の歴史(2018年3月20日) Damir Sagolj-REUTERS

<南シナ海、国産空母、海洋強国、海外軍事基地、一帯一路......すべての原動力は中国が虐げられ続けた結果の現状に対する否定とアメリカに対する恐怖からくる>

「『立ち上がる中国』という表現は間違っている。中国はすでに立ち上がっているのだ」「中国の権利を阻止することは誰にも許されない」

──中国のこうした表現を耳にすることがある。中国は、「平和的台頭」を主張し、さらに、2017年5月の一帯一路サミットなどにおいて自由貿易を主導するかのような態度をとっている。しかし、中国の本音は必ずしも現在の国際秩序を尊重するものではない。

中国にとっての「現状」とは

中国は「国際社会は不公平に満ちている」と主張し、2015年9月の軍事パレードでの演説においても習近平国家主席が「中国は新型国際関係を積極的に構築する」と宣言している。こうした表現は、中国が国際秩序を変えようとする意志を示しているとも捉えられることから、日本や米国等が疑念を抱いている。

一方の中国は、他国が、中国は「実力を用いた現状変更」を企図しているのではないかという疑念を示すことに対して、非常に敏感に反応する。しかし、時として中国の反応は、「実力を用いない」という主張ではなく、「現状」の否定に向かうことがある。

中国にとっての「現状」とは、中国が言う「屈辱の百年」の間、中国が虐げられ続けた結果生じた状況を示す。そのため中国は、欧米諸国の言う「現状」を受け入れられず、本来の状態を取り戻す権利があるというのだ。日本や米国などが言う「現状」自体が間違っているということである。

「現状」が間違っているのだとすれば、「現状」を尊重するよう求める日本や米国は、中国にとって自らの発展を妨害しているとしか捉えられず、議論になるはずもない。中国が本来の状態を取り戻す権利を有していると主張することは、中国は自らの「現状」変更の行動を誰にも邪魔させないと言っていることにもなる。

こうした中国の強い態度は、その急速な経済成長を基にした自信の表れである。中国の国内総生産(GDP)は、2010年には日本を超えて、世界第2位の規模になった。さらに、ブルームバーグの集計データによれば、2018年の中国のGDPは約13兆2000億ドル(約1396兆円)と、単一通貨ユーロを導入した欧州19カ国のGDPの合計12兆8000億ドルを上回ると予想されている。2017年でも、ユーロ圏は中国を辛うじて上回った程度だった。

中国共産党及び国民が、中国の実力、特に経済力に自信を持つのは当然であるともいえる。しかし、その自信は屈辱に変わる。米国との経済的・技術的実力の差が明らかにされてしまったのである。

2018年4月16日、米国商務部は米国企業に中興通訊(ZTE)との取引を禁じると発表した。ZTEが経済制裁に違反して北朝鮮に技術を輸出したからだ。アメリカからの圧力の結果、ZTEは倒産の危機に瀕し、中国の国民に対して、米国と中国の実力の差を見せつけることになった。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

筆者の過去記事はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 8
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story