コラム

健全財政という危険な観念

2017年06月26日(月)17時50分

中国経済のマクロ的状況は、その点で示唆的である。2000年代に入って急速な経済成長を実現させた中国経済は、まさに典型的な「高貯蓄」経済であった。中国のGDPに対する民間消費の比率は、40%にも満たない。逆にその貯蓄の対GDP比率は、時に50%を越えている。その高貯蓄の原因は、公的な社会保障制度が先進諸国のようには整備されていないことにもよるが、いわゆる一人っ子政策による人口構成の高齢化によるところも大きい。そのような中国のマクロ的状況が、近い将来に大きく変わると考えるべき理由はない。

この世界的貯蓄過剰という要因が、各国のマクロ経済政策に対して持つ含意は、きわめて明白である。それは、「ありもしない高インフレや金利高騰のリスクに怯えて、拙速なマクロ緊縮政策を行ってはならない」ということである。仮にインフレ・ギャップが拡大し、多少の金利上昇が生じたところで、世界的な貯蓄過剰のもとでは、海外からの資本流入によって直ちに抑制されてしまう。逆に、インフレ・ギャップが拡大してもいない中で行われる増税などの緊縮策は、1997年や2014年の日本の消費税増税がそうであったように、経済を確実にオーバーキルし、時には致命的な景気悪化をもたらすことになる。

その点で、安倍政権による2度にわたる消費税増税の延期は、きわめて正しい判断であった。しかしながら、2019年に再度の消費税増税が予定されている日本経済は、依然としてその同じリスクに直面しているのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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