コラム

日銀債務超過論の不毛

2017年05月08日(月)14時30分

行政改革推進本部提言のような日銀債務超過論は、もっぱら付利の引き上げによる日銀剰余金の赤字化を問題視している。しかし、そのようなことが生じるとすれば、それは銀行がそれに相当する収益を得ているからなのである。そして、もし付利に問題があるとすれば、それはむしろ、この「銀行が得る不公正かつ過大な収益」の方にある。

幸いなことに、この問題については、「預金準備率の引き上げ」という有効な対応策が存在する。それについては、行政改革推進本部提言も、以下のように指摘している。


なお、金融機関の預金準備率等を大幅に引き上げることにより(その場合、日銀にとっては金利を支払う必要が無い負債が増えることを意味するため)日銀の損失を和らげることもできるが、この政策を採用すると、本来日銀から受け取ることができる金利が減少するため、金融機関の収益を大きく圧迫することは避けられない。

この記述の問題は、そもそも「付利による日銀の損失とは金融機関にとっては収益」であることをすっかり忘却しているように思われることである。日銀から受け取ることができる金利という濡れ手に粟の収益が減ったことで経営が困難になるような金融機関は、もともと存在する意義はなかったと考えるべきであろう。

もっとも、付利を引き上げるとか預金準備率を引き上げるということで、金融機関の収益が一時的に増減することはあったとしても、それはやがては正常な水準に収斂していくはずである。それは、特定の産業に対して行われる補助金や課税のことを考えてみれば明らかである。補助金によってある産業全体に一時的な超過利益が発生しても、市場が競争的な状態にあれば、供給量や価格の調整によってその超過利益はやがて消失する。課税の場合にはその逆が生じる。つまり、金融機関の経営問題は本質的ではない。本質的に問われるべきは、付利という形の国民負担の是非である。

ところで、この預金準備率引き上げという手段は、以前から一部の専門家によって、量的緩和からの出口における一つの政策オプションとして提案されていたものである。それは、中央銀行が預金準備率を引き上げれば、金融市場がそれだけタイトになるので、中央銀行がバランスシートを大きく圧縮させることなく市中金利の引き上げが実現できるからである。上記のように、それは同時に、付利によって発生する銀行の過大な収益を抑制することもできる。まさしく一石二鳥ということになる。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

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