コラム

なぜ日本でラグビーW杯は注目されないのか

2011年09月20日(火)12時49分

 日本人の間ではあまり関心が高まっていないが、ラグビーの第7回ワールドカップが始まっている。それまでは孤高のアマチュアリズムを貫いてきた15人制ラグビーだが、今から24年前の87年にワールドカップが始まり、16年前の第3回大会からプロ選手が容認されると一気に商業化が進み、W杯は今やオリンピック、サッカーW杯に次ぐ世界的なスポーツイベントに成長した。

 日本でラグビーW杯が注目されない原因は、実はW杯そのものにある。80年代から90年代初めにかけて、日本の国内ラグビー人気はサッカーなど言うに及ばず、野球や相撲に匹敵するほど高かった。早慶明と関西の同志社を軸にした大学ラグビーと、80年代は「北の鉄人」新日鉄釜石が、90年代は神戸製鋼が引っ張った社会人ラグビーの好カードで、最大収容人数5万人の国立競技場は満杯になった。

 ところが、95年の第3回大会で日本代表がニュージーランド代表オールブラックスに大会史上最多失点となる145-17というスコアで大敗すると、坂を転がり落ちるようにラグビー人気は下火になり、当たり前のように地上波で放送されていた国内の好試合も、CS放送と契約しないと見られなくなった。人気回復の切り札として03年に社会人ラグビー大会を改変したトップリーグをスタートしたが、日本国内でラグビーは未だにメジャースポーツの座を取り戻せていない。

 日本ラグビーを奈落の底に叩き込んだオールブラックスと日本代表が先日、予選プールで16年ぶりに対戦した。結果は既に報じられている通り、83-7でやはり大敗。失点が16年前の半分で済んだという見方もできなくはないが、圧倒的な力の差を見せ付けられただけで終わったという点では16年前と変わりない。しかも、なぜか日本代表はほぼ2軍といっていいメンバー編成でこの大一番に臨んだ。

 世界最強の相手に日本代表が2軍を当てたのは、「予選プール最低2勝」というジョン・カーワン監督が掲げる目標を達成するためだ。日本が予選プールでターゲットにするトンガ、カナダ戦にベストメンバーで臨むためには、初戦のフランスに続くオールブラックス戦では主力を温存したい。一見合理的な選択に見えるが、果たして正しい判断だったのか。

 元日本代表で早稲田大学とサントリーの監督を務めた清宮克幸・ヤマハ発動機監督が本質を突く論考を9月17日付朝日新聞朝刊に寄せている。


 今回のW杯の目的は「世界を驚かせること」だったはずだ。一言で言えば、ロマンがない。
 
 私ならベストメンバーを送り出した。「2勝」か「1戦必勝」か。究極の選択をめぐる議論に正解はない。それでも、日本のファンにしてみれば、ロマン、夢を見せて欲しかった。

 NZのヘンリー監督はスタメン発表後に主将マコウ、SOカーターら主力3人を引っ込めた。共に地震被害に見舞われた国同士。互い全力を出すことが礼儀であり、日本の非礼に怒った上での決断だろう。

「ロマン」という言葉はやや感傷的だが、それでも問題の本質を言い当てている。2勝と1勝なら2勝のほうがいいことは誰でも分かる。でも人がラグビーと言うスポーツに惹かれ、観戦し、あるいはプレーするのは、そこに打算を超えた勇気や知恵、ひらめき、そして情熱の発露を感じるからだ。以前読んだスポーツコラムから引用させてもらえば、ラグビーの本質は「魂の造形化」にある。打算とは正反対の存在だ。

 前回の07年大会で同じくニュージーランドとラグビー小国のポルトガルが予選プールで対戦し、ポルトガルは108-13で大敗した。しかしポルトガルは世界最高のチームと戦える喜びを全面に押し出して最後まで試合を投げず、オールブラックスも手を抜かない戦いぶりを貫いて共に世界から賞賛された。これこそが清宮氏の言う「ロマン」だ。

 プロ容認以降、日本でもトップリーグの導入以降、ラグビーの世界ではそれまで無縁だったデータや分析がものすごいスピードで普及した。至上の目的である勝利に到達するため、最も合理的な方法を選択するのはごく当たり前なのだが、その一方で「ロマン」が忘れられかけている。今やニュージーランドやオーストラリアの一流選手が来るようになったトップリーグの人気が今ひとつ爆発しないのも、その辺りのことが関係していると思う。今回のオールブラックス戦をめぐる一件はその象徴だ。

 今週水曜日(21日)に日本代表はトンガと、来週火曜日(27日)にはカナダと対戦する。ともに世界ランキングは日本より下だが、まったく油断はできない。特にカナダは初戦でトンガを破り、世界ランキング5位のフランス相手に日本以上の大健闘を見せる「ロマン」あふれるチームになりつつある。もし敗れれば、それは単なる1敗ではすまないだろう。

 8年後にはこのラグビー・ワールドカップが日本で開かれるのだ。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

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