コラム

「オレ様」中国キャスターvsオバマ

2010年11月13日(土)16時03分

 中国人は他人の目を99%気にしない。日本人が他人の目を99%気にするのときわめて対照的である。筆者が今から8年前に北京に住んでいたころ、最も強く印象に残っているのが、通勤・通学へ向かう朝の自転車の車列が車道上で合流する光景だ。大量の自転車でつくる2つの「うねり」が1つになる。ふつうなら隣の自転車とぶつからないか注意すると思うのだが、誰も周りを見ない。一瞥すらしない。きょろきょろしているのは日本人の筆者だけだ。

 国土がだだっ広いということが、たぶん中国人の人格形成や民族性に強く影響しているのだろう。当然の結果として、「オレ様」的な行動や発言をする人間の割合は日本人より多くなる。人の目を気にしなくても一向に構わないと思うが、ただそんな土壌ゆえ中には中国人もあきれる「オレ様」も生まれる。

 中国中央電視台(CCTV)のキャスター、芮成鋼(ルイ・チョンカン)が韓国でのG20が閉幕した12日、オバマ大統領の記者会見で「私はアジアを代表できる!」と大見得を切り、世界をドン引きさせた。

 少し経緯の説明が必要だろう。G20閉幕後の記者会見でオバマは韓国の記者に質問の機会を与えたが、誰も手を上げなかったのでこの芮キャスターがマイクを握った。そこで芮は「あなたを失望させるかもしれないが、私は中国人だ。私はアジアを代表できる。我々は(アジアの)一員だ」とオバマを説得しようとした。芮本人の説明によれば、いつもホワイトハウス記者団に限られるオバマへの質問が韓国人記者にも許されたのに、誰も質問しようとしないので自分が名乗り出た、ということらしい。

 この経緯だけみていると、芮にも一理あるように思える。ただ「共産党政権を変えることができないのはまだ我慢できる。でも芮成鋼のこのバカさ加減を見ていると、いてもたってもいられなくなる」とジャーナリストでブロガーの安替がツイッターでコメントしているように、同じ中国人すらこの発言に強く反発しているのは、彼に「前科」があるからだ。

 まず芮の名前を世界に知らしめたのが「故宮スタバ事件」。芮は07年にブログで「スターバックスは故宮から出て行け」と書いて国内外で物議を醸し、故宮スタバは結局その年のうちに撤退に追い込まれた。

 また芮は昨年暮れ、会議で同席した中国大使のジョン・ハンツマンに「なぜオバマ大統領はCCTVの取材を受けず、南方週末を選んだのか」と噛み付いた。この直前に北京を初めて訪問したオバマは、インタビュー先として人民日報やCCTVを断り、リベラルな紙面が知識人に高く支持されている週刊紙「南方週末」を選んでいた。CCTVであれば、英語に堪能でこれまでビル・ゲイツやブッシュ前大統領とも会見したことのある芮が選ばれていた可能性が高い。要するにアメリカ大使に「何でオレのインタビューを受けなかった!」と半ば逆ギレしたわけだ。

 もはや「オレ様」を超えて「裸の王様」状態の芮がマイクを握ったのをみて、オバマが心底困った顔をしているのが興味深い。「何としてもこの男とだけは喋りたくない」という思いが表情ににじみ出ている。それでもしつこく食い下がろうとする芮成鋼、33歳、共産党員。その振る舞いは、今の中国の立ち位置を絶妙に反映している。

 それにしても韓国人記者たちはいったい何をやっていたのだろうか?

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

見通し実現なら経済・物価の改善に応じ利上げと日銀総

ワールド

ハリス氏が退任後初の大規模演説、「人為的な経済危機

ビジネス

日経平均は6日続伸、日銀決定会合後の円安を好感

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    フラワームーン、みずがめ座η流星群、数々の惑星...2…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story