コラム

グラミン・ユニクロに望むこと

2010年07月20日(火)15時17分

「男性はお金を持つようになると外で酒やギャンブルに注ぎ込んでしまうけど、女性は子供の教育や医療費など家のために使うでしょう」

 5年ほど前、グラミン銀行総裁ムハマド・ユヌスさんの講演を聞く機会があった。「なぜ女性優先に貸し出すのか」との問いに、彼はこう答えた。

 目のつけどころが面白いと思った。グラミン銀行はバングラデシュの農村貧困層の自立を促すことを目的に創設された少額融資機関。特徴は借り手の90%以上が女性であること、貸し出しは5人1組のグループ単位で行われ、担保は必要ないがグループ内で返済が滞る人がいると他のメンバーへの貸し出しはしない、など。女性たちは少額の融資を元に鶏や羊を買って家畜を始めたり、ミシンを1台買って服の仕立てを始めたり......「小さな起業家」の誕生だ。

 グラミン銀行は国際援助の世界では当時から知られる存在だったが、私がグラミンの名を聞いたのはこの時が初めて。途上国支援と女性といえば、女性が作る手工芸品のフェアトレードやリプロダクティク・ヘルス(女性が子供をいつ何人産むか決められる自由、安全な出産など)ぐらいしか頭になかったから、女を一家の大黒柱とみるグラミンの援助手法は新鮮に映った。ユヌスさんの気さくで、希望に満ちた話し方も印象に残っている。

 そしてこの講演から1年も経たない06年、ユヌスさんはノーベル平和賞を受賞。グラミン銀行とマイクロクレジット(マイクロファイナンス)と呼ばれる援助手法は一躍脚光を浴び、世界に広まっていった。

 他方、「グラミンモデル」の問題点を指摘する声も聞こえてきた。一つには、その効果に対する懐疑論。グラミンのおかげで本当に彼女たちは貧困から抜け出せているのか。ニューズウィークも昨年、「少額融資が貧困層を苦しめてこそいないものの、貧困削減の助けになっているという確かな証拠はない」とした研究報告に関する記事をウェブに載せている。また、グループの連帯責任制に批判的な意見もある。返済が遅れると仲間に迷惑がかかるため、ほかの金融機関のローンに手を出すケースもあるというからだ。

 そんなグラミン銀行と日本のユニクロ(ファーストリテイリング社)が7月13日、提携を発表した。10月をめどにバングラデシュに合弁企業「グラミン・ユニクロ」を設立。学校の制服などを作り、グラミンの顧客である女性を通じて販売する。初年度は250人、3年後には1500人の雇用創出を目指すという。

 まだ始まっていないので、この事業がどんな成果をもたらすのかは分からないが、グラミンの借り手である女性たちの収入安定・向上につながってほしい。そして、そのお金で教育を受けられるようになった子供たちの代では、もっと楽な暮らしができるようになってほしい。

 さて、その成果は別にして、企業による途上国支援で「うまいなあ」と感じるのは、広報力だ。本業で身につけているノウハウや広報チャンネルを巧みに使ってアピールする。見せ方を知っているのだ。ユニクロについて言えば、今は何をしても注目される会社だけど、パートナーにグラミンを選んだところがニクい。

 広報は、ODA(政府開発援助)実施機関やNGO・NPOなどが不得意としがちな分野だが、これが結構大事。どんだけ「いいこと」をしていても、誰にも知られなければ支持を得られないし、活動も広がらない。

 企業は援助といえど、そのコストパフォーマンスにも厳しい目を持ち込むはずだ。これも援助機関が、どんぶり勘定になったり甘くなりがちなところ。ユニクロは合弁企業で得た利益はバングラデシュに還元するとしているが、今回の提携の背景には、労働力と消費力の両面で将来のバングラデシュ市場を開拓しておくという狙いもあるらしい。だから、合弁企業の費用対効果にも厳格になるだろう。そういったシビアな視点とか抜け目なさが、援助の世界にもう少しあってもいいと思う。

 ユニクロに刺激されて、もっと多くの日本企業が途上国支援に飛び出すことを期待したい。こういうのは、どれだけやってもやり過ぎということはないんだし。

──編集部・中村美鈴

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英中部のシナゴーグで襲撃、3人死亡 ユダヤ教の神聖

ビジネス

米シカゴ連銀の新指標、9月失業率4.3%で横ばい 

ビジネス

アングル:米EV市場、税控除終了で崩壊の恐れ 各社

ビジネス

英企業の雇用意欲、20年以降で最も弱く=中銀月次調
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」してしまったインコの動画にSNSは「爆笑の嵐」
  • 4
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引…
  • 5
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 6
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 7
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 8
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 9
    アメリカの対中大豆輸出「ゼロ」の衝撃 ──トランプ一…
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story