コラム

中国農民「地上げ戦争」とバブルの行方

2010年07月07日(水)03時53分

 中国の地方政府の「土地開発」意欲はすさまじい。表向きは「開発」した土地に企業を誘致し雇用や税収を増やすことで、地方の指導者が中央で出世するというシステムになっている。だが強制立ち退きでつくり出したタダ同然の土地を高値で転売して、濡れ手で粟の利益を得るというウラのメリットもある。

 今年初め、見ようによっては地上げがテーマの『アバター』の中国での上映が一時制限されたのも、土地の強制収用に対する国民感情を刺激しないためだとささやかれた(中国政府は否定)。暴力団まがいの手まで使った地上げに業を煮やした中央政府は5月末、非合法な手段による立ち退きを禁じる緊急通達を出した。

 通達が出るといううわさが流れると、一部の地方政府は「駆け込み強制撤去」に走った。4月下旬、河南省のある県は警官を大量動員して約70戸を撤去し、河北省衡水市では寝る準備をしていた1家5人が何者かに襲われ、屋外に引きずり出されている間にフォークリフトで家屋を破壊された

 5月に湖北省武漢市の農民、楊友徳(ヤン・ヨウトー)の家を襲おうとした100人も、レンガ造りのあばら家ぐらいちょっと威嚇すれば簡単に壊せると思ったのかもしれない。ただ楊は普通の農民とは違った。反撃用に「武装」していたのだ。

 楊の畑には小道にバリケードが置かれ、「撤去部隊」を阻止するための高さ8メートルのやぐらが組み立てられていた。そしてやぐらの上では、楊が市販の花火の火薬を集めて作った自家製ロケット砲を抱えていた。

 約100人の撤去部隊は盾を手に、ヘルメットをかぶってブルドーザーとパワーショベルの後ろをジリジリと畑に迫ってくる。狙いを定めて放たれた楊の自家製砲弾は「ボンッ」と轟音を立て飛び出し、空中で炸裂した。楊が放った数発で撤去部隊はその場に釘付けになり、結局100人は駆けつけた警察にうながされて退散させられた。

 中国政府は地上げという「恥」が世界にさらされるのも嫌っていたはずだが、中東の衛星テレビ局アルジャジーラ英語版が先日、全世界に向けYouTubeでこのニュースを発信した。

 泣き寝入りする地上げ被害者が圧倒的ななか、自家製武器で抵抗する楊は「中国のアバター(阿凡達)」と呼ばれ、ネチズンの圧倒的支持を受けている。広範な支持ゆえか、検索エンジン百度(バイドゥ)の掲示板も「楊友徳板」を削除していない。

 楊の1・6ヘクタールの土地の補償費用は、標準的基準に照らせば平均的な農民の年収の200年分にあたる100万元(1300万円)。地方政府あるいは開発業者が素直にこんな大金を払うはずがなく、払わないからこそ事態は全国的にこじれている。

 中国の不動産価格は調整局面にあるようだから、今後は無理な地上げも少しは減るかもしれない。ただ楊は6月末、何者かにレンガで頭を殴られ入院した(被害者は楊の兄弟という説もある)。

 何だかすっかり文化大革命の「武闘」だが、地上げをめぐるこの戦いが今後続くかどうかは、中国「土地バブル」の行方を占う1つのバロメーターになると思う。

――編集部・長岡義博

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ南部、医療機関向け燃料あと3日で枯渇 WHOが

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

米経済の減速必要、インフレ率2%回帰に向け=ボスト

ワールド

中国国家主席、セルビアと「共通の未来」 東欧と関係
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story