コラム

「対テロ戦争」の勝者は......パキスタン

2010年06月29日(火)14時36分

 アフガニスタン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官が、ローリング・ストーン誌の取材に対する発言で解任された。バラク・オバマ米大統領やジョー・バイデン副大統領、ジェームズ・ジョーンズ国家安全保障担当大統領補佐官、リチャード・ホルブルック特使、カール・アイケンベリー駐アフガニスタン米大使らを侮辱したからだ。

 そんなゴタゴタをよそに、アフガニスタンでの影響力を高めようと着実に動いているのがパキスタンだ。6月28日までに、パキスタン軍のアシュファク・キヤニ陸軍参謀長と情報機関である軍統合情報局(ISI)のアハメド・パシャ長官が、アフガニスタンのハミド・カルザイ大領領と話し合いを行なうためにカブールを訪れ、2人はその会談に武装勢力ハッカニ・ネットワークを率いるタリバン幹部、シラジュディン・ハッカニを同席させた、とアルジャジーラは報じている

 キヤニとパシャは最近、頻繁にカブールを訪れている。アフガニスタン安定化にタリバンとの対話を強調し始めたカルザイと密談するためだ。パキスタンは、今年1月に開催されたロンドン支援会議でカルザイが融和路線を公言すると、すぐに協力をかって出た。この時点で、カルザイがアメリカの戦略ではタリバンには勝利できないと語ったとする発言が漏れ聞こえていて、パキスタンと手を組む方向へ本格的に動き出したようだ。

 パキスタンの申し出がカルザイにとって魅力的な理由は、ハッカニ・ネットワークの存在。パキスタンが北西辺境州に「囲って」きたハッカニ・ネットワークは、シラジュディン・ハッカニが率いる組織で、拠点があるパキスタンで訓練などを行い国境を超え、アフガニスタンに入って活動するタリバンの主要勢力だ。パキスタンはカルザイに、彼らとの「協力」に向けた仲介をすると申し出て、さらにキヤニはアフガニスタン・タリバンの最高指導者オマル師との対話も申し出ている。カルザイは、ハッカニ・ネットワークを政府側に取り組み、タリバンに大臣職などを与える可能性すら指摘されていている。

 パキスタン軍はこれまで、アメリカの圧力でしぶしぶパキスタン国内に逃げ込んでいるタリバンなどの過激派を攻撃してきた。だがハッカニ・ネットワークが拠点を置く北ワジリスタンだけは、アメリカによる再三の要請や圧力にも関わらず決して攻撃しなかった。ここぞの時に彼らをカードとして使うためだ。

 昨年アフガニスタンでタリバンに誘拐され、パキスタンで監禁されていたニューヨークタイムズのデビッド・ロード記者は、脱出後に監禁されていた際の様子を克明に記事に記している。ハッカニ・ネットワークの幹部が運転する車でワジリスタンを移動中、パキスタン軍が車を停止させた。ロード記者は軍が自分を救出してくれることを祈ったが、幹部はタリバンと軍には停戦合意があるからなんら問題ないと語り、兵士と若干のやり取りをしてから、微笑みながら手を振ってその場を離れたという。要は、パキスタン軍とハッカニ・ネットワークはそういう関係だ。

 ちなみに、こうした話からもパキスタン軍がタリバン指導者らの動向を掴んでいるのは間違いないだろう。にもかかわらず、アメリカの「テロ戦争」を横目で見つつ、チャンスが来れば一気に動くパキスタンはかなりしたたかだといえる。

 パキスタンとカルザイの思惑は一致している。パキスタンの目的は、絶対的なライバルである隣国インドが、アフガニスタンで影響力を行使できないようにアフガン政府を掌握すること。アフガニスタン内でのインドを標的にしたテロなどもISIの支援で行なわれていると指摘されている。一方のカルザイは米軍撤退後に独り立ちしたアフガニスタンが国内の治安を維持できるとは思っていない。だからこそ、米軍がいるうちにタリバンと交渉したいのだ。

 米共和党のジョン・マケイン上院議員は6月23日、「戦時中に、敵にいつ撤退するか教えて勝てるはずがない」とコメントした。もっともだ。タリバンの戦闘員は、米軍撤退までどこかに身を潜めていればいい。オバマが設定している2011年7月までなら、そんなに長い期間でもない。親米の政府を攻撃するのは、それからでも遅くはない。カルザイが焦るのも理解できる。

 アメリカの歴史上、最長の戦争になったアフガニスタンでの対テロ戦争の進むべき方向として、オバマ政権はパキスタンとカルザイの動きに大きな懸念をもっているようだ。CIA(米中央情報局)のレオン・ペネッタ長官はテレビ出演し、「彼ら(タリバン)が本当に交渉する意思、つまり武器を捨て、アルカイダを非難し、社会に参加する意思があるとは思えない」と語った。

 別の懸念もある。カルザイがタリバンを戦後の政権に組み込むことで、アフガニスタンはパシュトゥーン人が支配することになり、アフガニスタン国内のタジク人などの他民族が不安を抱くことになる。タリバン政権時の北部同盟との衝突のように、民族間での争いが再燃する可能性も否定できない。

 国内が混乱すれば、またアルカイダなどのテロ集団の巣窟になる可能性もある。アメリカはそれを避けるために戦争を行なってきたが、アメリカの同盟国であるしたり顔のパキスタンの動きはすべてをひっくり返しかねない。アメリカの動向も注目だ。

――編集部・山田敏弘

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story