コラム

ウクライナを支える最先端テクノロジー──ハイテク企業は戦場を目指す

2022年10月31日(月)20時10分

さらにスターリンクを通じた高速通信は、たとえ地上の通信網が破壊されても、ロシア軍の位置情報などをウクライナ側が把握し、共有するうえでも重要度を高めている。

ウクライナを9月に訪問し、政府高官と協議したGoogleの前CEOエリック・シュミット氏は、その直後のインタビューで「ここではイーロン・マスクは英雄だ」と述べている。

民生分野を伝統的に軽視するロシア

もちろん、こうしたハイテク企業が今後の技術開発のためのデータやノウハウの蓄積、さらに宣伝を念頭にウクライナを支援していたとしても全く不思議ではない。

これまでもリビアやエチオピアの戦場でドローンが飛び交っていたが、欧米各国がこれらへの武器輸出を規制していたこともあり、欧米のハイテク企業もほとんどノータッチだった。その間、これらの戦場ではトルコ製や中国製のドローンが幅を利かせ、データ収集を独占的に行なっていた。

これと比べてウクライナは、欧米企業もいわば大手を振って参入できる、数少ない戦場だ。

とはいえ、どんな動機づけだったとしても、欧米のハイテク企業が本格的に戦場に向かうことが、ウクライナ戦争の動向を左右することは間違いないだろう。

ロシア帝国やソ連の時代から、ロシアは軍事技術に力を入れるあまり、民生技術で遅れを取りやすかった。1991年の湾岸戦争で、イラク軍が使用したソ連時代のスカッドミサイルのほとんどがアメリカ製パトリオットミサイルに撃墜されたことは、当時急速に発達していたデジタル技術の差を象徴した。

ウクライナ戦争でも、裾野の広い技術開発力の差が、ロシア軍の侵攻が予定通りに進まない一つの要因になっているといえる。

戦史における節目としてのウクライナ

そのことの良し悪しはともかく、戦争が技術革新をよぶことは、人間の歴史において少なくない。今や日常生活に欠かせないコンピューターが発達したきっかけも、第二次世界大戦中に暗号の作戦や解読、さらに原爆製造などのための膨大な計算を短時間で行う必要にあった。

その意味で、欧米のハイテク企業によって投入された最先端テクノロジーが、ウクライナ戦争でこれまでにない戦術や作戦を可能にしたことは不思議ではない。

その一方で、一つのイノベーションがその後の技術開発レースを招き、戦争をさらに大規模化してきたこともまた確かだ。

第一次世界大戦中、塹壕戦という前代未聞の状態を克服するため、イギリスが世界初の戦車Mark-1を投入したことは、結果的にドイツが初めて対戦車ライフルを開発するきっかけになった。そして、こうした技術はその後の他の戦場ではむしろ当たり前になった。

ウクライナの戦場における最先端テクノロジーの利用は、今後の戦場のあり方を大きく変えるものといえる。そのため、結末がどうなるかにかかわらず、ウクライナ戦争が戦争の歴史における一つの大きな節目になることは間違いないだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、来年も政府債発行を「高水準」に維持へ=関係筋

ワールド

ロシアがウクライナを大規模攻撃、3人死亡 各地で停

ワールド

中国、米国に核軍縮の責任果たすよう要求 米国防総省

ビジネス

三井住友トラスト、次期社長に大山氏 海外での資産運
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story