コラム

高度福祉国家、環境保護や男女平等の先進国...「優等生」スウェーデンで民族主義が台頭した理由

2022年09月20日(火)17時40分
マグダレナ・アンデション首相

総選挙敗北を受けて辞意表明するアンデション首相(2022年9月14日) Jessica Gow/TT News Agency via REUTERS

<「スウェーデン人のためのスウェーデン」を標榜する民主党は、時間をかけて社会民主党に不満を抱く人の受け皿となった。総選挙での躍進には、ウクライナ侵攻が深く関係している>


・スウェーデンの総選挙で移民受け入れに反対する民族主義政党などが勝利した。

・これまでスウェーデンは社会福祉の充実や環境保護、多文化共生の先進国とみなされ、社会民主党が長期政権を築いてきた。

・この国の大転換の直接的な原因は、ウクライナ侵攻にあるとみられる。

「優等生」から自国第一へ

スウェーデンはこれまで社会福祉のモデル国としても知られ、環境保護やジェンダー平等でも先進的とみなされてきた。そのスウェーデンで9月11日、総選挙が行われ、民族主義政党「スウェーデン民主党」が20.5%の得票率で第二位につけた。

得票率第一位は、与党スウェーデン社会民主党の30.3%だった。社会民主党は第二次世界大戦以前の1932年から長期政権を維持し、現在の社会保障制度などを築いてきた。

しかし、社会民主党を中心とするリベラル勢力の得票率は全体の48.8%にとどまり、民主党を中心とする保守勢力が49.5%を獲得した。

この結果を受けて社会民主党に所属するマグダレナ・アンデション首相は辞任し、先進国中最長期政権に終止符が打たれた。

この選挙結果は、単にスウェーデン一国の問題というより、世界全体の潮流を象徴する。国際的に「優等生」とみなされてきたスウェーデンでも、自国第一の大義のもとでナショナリズムが台頭してきたことがうかがえるからだ。

「スウェーデンをもう一度偉大に」

長期政権の衰退は、突然始まったわけではない。

社会民主党の得票率は、戦後も長い間50%近くを維持してきた。しかし、1990年代からは得票率が40%を下回ることも増え、前回2018年選挙では史上最低の28.3%にまで低下していた。

スウェーデンは2008年のリーマンショック後もいち早く経済回復するなど、先進国のなかでは安定した経済成長を実現させてきたが、それにともなう物価上昇のペースに低所得層や年金受給者がついていけなかった。また、他の欧米諸国と同様に、生活苦の増加は「外国人嫌い」の風潮も強めた。

こうした背景のもと、社会民主党への不満の受け皿として頭角を表したのが、「スウェーデン人のためのスウェーデン」を標榜する民主党だった。

民主党は移民の制限、国防費の増額、軍や警察の拡充などを主張する一方、スウェーデンに根付いた社会保障制度や環境保護政策を大きく転換しないと強調している。

しかし、これまで社会保障の対象だった合法移民や永住権取得者をその対象から外すことを提案するほか、「スウェーデンはすでに温室効果ガスの排出などを厳しく制限してきた」と主張して、これ以上の地球温暖化対策は外国がするべきとも示唆する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story