コラム

五輪「外交的ボイコット」を理解するための5つの基礎知識──効果は? 始まりは?

2021年12月13日(月)16時05分
北京五輪反対の横断幕を掲げるチベット人活動家(IOC本部)

IOC本部で北京五輪反対の横断幕を掲げるチベット人活動家(2021年12月11日) REUTERS

2022年北京五輪に政府関係者が出席しない「外交的ボイコット」には、どんな意味があるのか。以下では外交的ボイコットの背景や効果についてみていこう。

(1)これまで外交的ボイコットはあったか?

今回の外交的ボイコットは香港やウイグルでの人権問題が理由になっており、これまでにアメリカの他、イギリス、カナダ、オーストラリア、リトアニアなどが加わっている。また、ニュージーランドは「コロナ感染」を理由に政府代表の派遣を見合わせている他、本稿執筆段階で日本政府も検討中と一部で報じられている。

これに対して、中国政府は「来なくても誰も気にしない」と強気の姿勢を崩さないが、メンツを潰されて内心穏やかでないことは想像に難くない。もっとも、昨今の米中対立を考えれば、中国としても想定の範囲内だったかもしれない。

それはともかく、今回のボイコットは政府関係者に限ったもので、選手派遣を中止するものではない。実際、アメリカ政府は高官を送らない一方、「アメリカ選手団は万全の支援を受けられる」とも強調し、アスリートの不安払拭に追われている。

「平和の祭典」と呼ばれる五輪だが、これまでもしばしば政治対立の舞台になってきた。

しかし、1896年にアテネで近代五輪の第1回大会が開催されて以来、確認できる範囲で「政府関係者だけ送らない」という例はこれまでにない。そのため、外交的ボイコットは今までにない新しい手法といえる。

(2)これまでどんなボイコットがあったか?

外交的ボイコットが初めてとすると、これまでのボイコットにはどんなものがあったのか。その歴史は古く、20世紀初めにまでさかのぼる。

五輪初のボイコットは1920年アントワープ大会でのソビエト連邦によるものだった。1917年のロシア革命後、新たに発足した共産主義国家ソ連は帝政時代から続いていた五輪参加を中止したのだ。

ソ連は当初アマチュアスポーツそのものを「ブルジョワ的」とみなし、イデオロギー的な理由で五輪をボイコットした。しかし、その後「五輪がイデオロギー宣伝の機会になる」と判断が変更された結果、1952年ヘルシンキ大会でロシア人選手が約40年ぶりに五輪に登場したのである。

その後もボイコットはしばしば発生し、特に1956年メルボルン大会はさながら「ボイコット祭り」になった。

この大会ではエジプト、レバノン、イラクが同じ年に発生したスエズ危機を理由に、イスラエル選手の参加する五輪をボイコットした。その一方で、やはり1956年に発生したハンガリー動乱を理由に、ソ連を批判するスイス、スペイン、オランダも参加を取りやめた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米シティ、ロシア部門売却を取締役会が承認 損失12

ワールド

韓国大統領、1月4ー7日に訪中 習主席と首脳会談

ワールド

マレーシア野党連合、ヤシン元首相がトップ辞任へ

ビジネス

東京株式市場・大引け=続落、5万円台維持 年末株価
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story