コラム

なぜ日本では「世の中への報復」がテロではなく通り魔を生むか

2019年06月06日(木)12時36分

川崎20人殺傷事件の現場で犠牲者を悼む(5月29日) Issei Kato- REUTERS


・人生がうまくいかないと感じる者が世の中に報復しようとするとき、海外ではテロリストになることが多いが、日本では通り魔が生まれやすい

・多くの国と異なり、日本では破壊衝動に駆られる者が吸い寄せられる場がほとんどないことが、この差を生む

・孤立した通り魔の犯罪を予測・警戒することは、テロ対策とは異なる難しさを抱えている

世の中に一方的に報復感情を抱く通り魔的な犯罪が多発するなか、個人や家族が孤立しやすい社会のあり方がフォーカスされやすいが、これは諸外国と異なり「なぜ日本ではテロが起こりにくいか」の裏返しでもある。

「社会への破壊衝動=通り魔」は多くない

5月28日に発生した川崎20人殺傷事件の衝撃が記憶に新しい間に発生した練馬での事件で、息子を殺害したとして逮捕された元農水省事務次官の熊澤容疑者は「息子が川崎の事件のようなことを引き起こすのではないかと危惧した」という趣旨の発言をしているという。

それほどに日本では、低所得、ひきこもり、メンタルな問題などで社会に適応するのが難しい者が世の中に一方的に憎悪を募らせた結果とみられる通り魔的な犯罪が珍しくなくなった。

ただし、いまの世界全体を見渡せば、このパターンはむしろ少数派といえる。多くの国では社会への破壊衝動がテロリストを生むことの方が目立つからだ。

テロリストと通り魔

「テロリストも通り魔も同じ」という見方もできるだろう。実際、テロリストと通り魔はいずれも社会を敵視し、無差別に他人を殺傷する点では共通する。ただし、両者は厳密には別のものだ。

テロリストは敵対する者を脅し、政治的、宗教的なメッセージを発する手段として暴力を用いる。つまり、どんな歪んだ形であっても、そこには何らかの主義主張やイデオロギーがある。

そのため、たとえ人生がうまくいっていないという個人的な動機が根本的な原因だったとしても、「自分の恨みを晴らす」とは言わず、何らかのあるべき社会像のための戦いと言おうとする。イスラーム過激派など宗教色の強いものだけでなく、非白人から白人の世界を取り戻すことを大義とする白人右翼テロもこの点では同じだ。

これに対して、ほとんどの通り魔は、世の中に対する漠然とした不満や敵意があっても、それを言語化しない(できない)。第三者に自分の正しさを発信しようせず、後に何のメッセージも残さないことが多いため、どこまでいっても個人的なもので、他人を殺傷して自分の存在を誇示することが、そのまま人生の清算になりやすい。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBが0.25%利下げ、6会合ぶり 雇用弱含みで

ビジネス

〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、年内0.5%追加利下げ見込む 幅広い意見相

ビジネス

FRB独立性侵害なら「深刻な影響」、独連銀総裁が警
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story