コラム

メイ首相辞任でイギリスの凋落が始まった

2019年05月27日(月)15時08分

なぜ、英語圏は民主主義の模範でなくなったか。一つの仮説として、参加型の文化が強くなりすぎたことがあげられる。

政府の決定だけでなく政治への参加にも関心をもつ参加型は政治への「有力感」が強くなりやすい。「国民が主人公」という思いは権利意識の高まりや情報化によって世界的に強まっているとみてよいが、もともと強い英語圏でとりわけ強くても不思議ではない。

ところが、有力感が強いほど、期待に少しでも反すれば、有力感が無力感に転換しやすく、受け入れにくくなる

この観点からイギリスをみると、EU離脱の賛否を問う国民投票は1回限りだったはずだが、強硬な残留派はその結果を受け入れられず、2回目の国民投票を求めている。一方、急進的な離脱派は「離脱しても利益は損なわれない」という当初の主張に反するEUとの妥協を受け入れられない。

これらはいずれも、メイ首相が示した「離脱に向かわざるを得ない状況でいかに利益を確保するか」という現実的な判断を「期待に反する」と拒絶した点で共通する。

過ぎたるは及ばざるがごとし

ところで、有力感に満ちた有権者は、政治家の行動をしばることにもなる。

本来、有権者の種々雑多の要請を一つの政策に取りまとめることこそ政治家の役割のはずだが、立場にかかわらず有力感の強い有権者が林立すれば、政治家は手っ取り早く支持を固めるため、特定の勢力に偏った立場をとりやすくなる。

近年、振り切れた意見を吐く政治家が目立つことは、その意味では合理的かもしれない。しかし、そうした政治家にとって、政治家の本来のウデの見せ所であるはずの妥協や修正は難しい。

つまり、強すぎる有力感は、かえって民主的な政治の足をひっぱりかねないのだ

この点で注意すべきは、先述のアーモンドらは参加型の重要性を強調したが、未分化型や臣民型を全否定したわけでないことだ。アーモンドらによれば、そうしたタイプが一定数いることは「政治活動の激しさにやわらぎを与える」ことで民主主義の安定に貢献してきた。

だとすれば、英語圏では参加型の文化が強くなりすぎ、過剰になった民主主義が民主主義の模範の凋落を招いたとみられるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

20190604cover-200.jpg
※6月4日号(5月28日発売)は「百田尚樹現象」特集。「モンスター」はなぜ愛され、なぜ憎まれるのか。『永遠の0』『海賊とよばれた男』『殉愛』『日本国紀』――。ツイッターで炎上を繰り返す「右派の星」であるベストセラー作家の素顔に、ノンフィクションライターの石戸 諭が迫る。百田尚樹・見城 徹(幻冬舎社長)両氏の独占インタビューも。


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、関税で4─6月に9億ドルコスト増 自社株

ビジネス

英中銀は8日に0.25%利下げへ、トランプ関税背景

ワールド

米副大統領、パキスタンに過激派対策要請 カシミール

ビジネス

トランプ自動車・部品関税、米で1台当たり1.2万ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story