コラム

アメリカがイランを攻撃できない理由──「イラク侵攻」以上の危険性とは

2019年05月15日(水)16時25分

ペルシャ湾に派遣されたB-52戦略爆撃機(資料) U.S. Air Force-REUTERS

アメリカはほとんど言いがかりに近い「イランの脅威」を強調して圧力を強めている。それは「フセイン政権が大量破壊兵器を持っている」という虚偽の情報に基づいて進められたイラク侵攻(2003)を想起させる。イラク侵攻はアメリカへの国際的信頼を失墜させ、「イスラーム国」(IS)台頭のきっかけになったが、イランを攻撃することはそれ以上のリスクを秘めている。

アメリカの軍事的圧力

5月上旬からアメリカは「イランの脅威」を理由にペルシャ湾に空母エイブラハム・リンカーンやB-52戦略爆撃機を相次いで派遣してきた。一方のイランは、ペルシャ湾上で短距離弾道ミサイルを移動させているとみられる。

コトの発端は2015年に結ばれたイラン核合意をトランプ政権が一方的に破棄したことにある。国際原子力機関(IAEA)もイランが合意に従っていると認めるなか、アメリカが具体的な根拠なしに合意を破棄した以上、イランが自衛に向かうのは不思議ではない。

とはいえ、先にアクションを起こせばアメリカの思うツボであるため、イランが威嚇以上の行動に出るとは考えにくい。アメリカはそれを見越したうえで、一方的に緊張を高めているといえる。

イラン核合意からの離脱は2016年大統領選の公約で、トランプ政権にはもともと反イラン強硬派が多い。そのうえ、北朝鮮との協議が難航し、ベネズエラへの介入もほぼ不発で終わりそうな情勢で、来年の大統領選に向けて外交的な成果が欲しいことは、「イランの脅威」の演出を生んだとみてよい。

軍需産業の影

これに拍車をかけているとみられるのが、軍需産業の影響力だ。

5月9日、新たな国防長官に就任したシャナハン氏は、ボーイング社などの経営に携わった経歴をもつ。

前任の国防長官だったマティス氏は反イラン強硬派だった。その一方で、筋金入りの軍人として軍からの信任も厚く、シリア撤兵などトランプ大統領の「思いつき」に近い方針に反対できる、数少ないスタッフの一人だった

2018年5月、やはりイランを敵視する同盟国イスラエルがイランの軍事施設を70発以上のミサイルで攻撃し、アメリカを対イラン戦争に引きずり出そうとしたが、トランプ政権は動かなかった。この時、トランプ氏を押しとどめたのもマティス氏だったとみられる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story