コラム

中国はなぜいま少数民族の弾圧を加速させるか──ウイグル強制収容所を法的に認めた意味

2018年10月16日(火)16時00分

中国にとってウイグル問題はイスラーム世界での評判にかかわるアキレス腱だが、なかでもウイグル人と民族的に近いトルコは、中国のウイグル政策を批判し続けてきた。トルコの歴代政権のなかでも現在のエルドアン大統領は、中国によるウイグル弾圧を「大量虐殺」と呼んだことさえある。

しかし、そのトルコは現在、四面楚歌の状態にあり、そのなかで中国との関係改善を模索している。

NATO加盟国でありながら、国内の人権問題やシリア内戦でのクルド人支援をめぐり、トルコはアメリカとの関係が悪化してきた。また、EUを率いるドイツとは歴史的に関係が深いものの、ドイツ国内のトルコ系移民をめぐり、やはりギクシャクしている。

欧米諸国との関係が悪化するなか、トルコはシリア内戦の処理をめぐってロシアやイランとの協力を進めてきたが、シリア反体制派の最後の拠点となっている北西部イドリブ攻撃をめぐり、ロシアとの関係にも隙間風が吹き始めている。

そんななか、とどめのようにトランプ政権がトルコ製鉄鋼製品の関税を引き上げたことをきっかけに、トルコ経済は一気に冷却化。その結果、エルドアン政権は「中国との貿易を増やすこと」を掲げ始めたのである。

米ロの力をそれぞれ利用しながら綱渡りを演じ、実際の国力にそぐわない強気の外交を展開してきたエルドアン大統領だが、各国との関係が怪しくなるなか、中国に接近しようとしているのだ。

今後ウイグルの件に口出しさせない

この状況下、中国はいまだにトルコのラブコールに応えようとせず、むしろ再教育キャンプを合法化することで、ウイグルでの弾圧を正当化している。

これに加えて、中国政府はハラル(豚肉やアルコールなどムスリムが避けるべき食材を用いない食品の総称)に反対するキャンペーンをウイグルで強化している。イスラームの食文化の否定は、再教育キャンプに法的根拠を与えることと並んで、新疆ウイグル自治区を漢人の土地にする取り組みの一環といえる。

イスラーム世界における中国批判の急先鋒であるトルコが中国への接近を画策するなか、中国政府がこれまでより踏み込んだウイグル弾圧に着手したことは、トルコに対して「もし中国との取り引きを増やしたいのであれば、今後ウイグルの件に口出しするのは控えなければならない」というメッセージになる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、31万人に学生ローン免除 美術学校

ワールド

米名門UCLAでパレスチナ支持派と親イスラエル派衝

ビジネス

英シェル、中国の電力市場から撤退 高収益事業に注力

ワールド

中国大型連休、根強い節約志向 初日は移動急増
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 8

    なぜ女性の「ボディヘア」はいまだタブーなのか?...…

  • 9

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 10

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story