コラム

新しい資本主義の変容と岸田政権の脱炭素促進政策

2022年06月01日(水)18時00分

GX(グリーン・トランスフォーメーション)経済移行債の制度設計

また、菅政権時に脱炭素目標を引き上げた、気候変動問題については、「新しい資本主義の実現によって克服すべき最大の課題である」と計画案において指摘されている。この具体策で注目されるのが、今後10年で脱炭素に必要とされる投資拡大を促すために、「GX(グリーン・トランスフォーメーション)経済移行債」の発行による政府支援を「民間投資の呼び水にする」としている部分である。

GX経済移行債券の規模などは現時点の実行計画には含まれていないが、5月19日に、岸田首相は、脱炭素関連の投資拡大を後押しするための、20兆円規模とされる政府資金をGX経済移行債で先行して調達する計画を検討すると述べた。

GX経済移行債の制度設計は、依然検討段階であり、どの程度実現するかは定かではない。本当に、再エネ等の脱炭素技術が「成長分野」であり、これに対する民間投資拡大が本当に実現すれば、長期的に日本の経済成長を押し上げる可能性がある。新しい資本主義のメニューの中では、大規模な政府資金が動くという意味で、経済的には相応に効果が顕在化する可能性がある政策と位置付けられるだろう。

本来、民間企業による投資資金の使い道は、リスクをとる民間企業が自ら決めるべきだし、政府が「成長産業」を定めたこれまで日本の産業政策は失敗する例が散見されてきた。ただ、開発コストがとても大きく不確実性が高いイノベーションの分野に限った政府支援であれば、望ましい経済効果が表れる場合はありうる。

なお、今後10年程度で総額150兆円とされる、脱炭素の関連投資の内訳は、経済産業省が作成した資料にある。具体的には、再エネ推進関連が5兆円/年、次世代自動車・省エネ住宅関連の投資4兆円/年間、など年間17兆円の脱炭素関連投資が想定されている。

これらの具体的規模などはまだ流動的であるが、20兆円と想定されるとみられるGX経済移行債府資金について、資金の性格上、一般会計とは切り離された別枠の制度設計になる可能性がある。仮に、これが財政政策として先行的に支出されるならば、財政政策が拡張的に作用するとみられ、日本の脱デフレ・経済正常化を後押しするかもしれない。

脱炭素促進政策が、日本経済全体の成長率を高めるために

一方、この財源調達がどのように行われるかで、経済成長への押し上げ効果は変わってくる。GX経済移行債券の財源調達が、資金の性格上、炭素税などの増税によって早期に実現する可能性がある。仮に、大規模な増税が先行して実現し、支援策による歳出が遅れるのであれば、経済成長を抑制する方向に働くシナリオも考えられる。そうなれば、投資の主体である民間企業の投資意欲をそもそも抑制しかねない。

大規模な政府資金が動く可能性がある脱炭素促進政策が、日本経済全体の成長率を高め、かつ脱炭素目標の達成可能性を高めるには、経済情勢にあわせたマクロ安定化政策との整合性に配慮したうえで、実効性がある制度設計が不可欠だろう。そうでなければ、既得権益が増えるという弊害の方が大きくなりかねない。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

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