コラム

ハンブルクG20サミットは失敗だったのか

2017年07月26日(水)17時00分

グローバルな課題への対応とG20

G20首脳会議では、これに先立つイタリア・タオルミーナでのG7首脳会議においてトランプ大統領が地球温暖化防止のためのパリ協定離脱の姿勢を変えず、一致団結した姿勢を示すことができなかったことから、当初より難しい会議となることが予想されていた。議長となるメルケル首相も、会議が難しいものとなることを隠そうともせず、それにもかかわらずG20が首脳宣言として成果を示せるよう最大限の努力をすることを繰り返し強調していた。

ドイツにとってG20のような多角外交の場は、特に重要で特別な意味を持っており、その議長国としての役割の重要性は強く認識されている。国連のような多角的な国際機関の尊重とG20のような国際制度の重視は、第二次世界大戦後のドイツ外交の柱と言って良い。単独主義に走らず、正統性を持つ制度の中で協調行動をすることはドイツ外交の大前提であり、それはドイツがEUの中でもとりわけ大きな存在となった今日でも変わっていないのである。

G7サミットから戻ったメルケル首相が「ドイツが他国に頼れることが出来た時代はある程度終わった」と発言したことが注目されたが(参照:「揺れる米独関係」)、アメリカとの関係が難しくなっていればこそ、多角的な制度や協力の枠組でアメリカが欠けた部分を補わなければならず、そのためにドイツは力を尽くさなければならないと考えるのである。アメリカのかわりにドイツが世界の指導的な立場に立つというようなことを考えている主要な政治家はいないし、ドイツにそのような力があるとも考えていない。だからこそEUの結束を重視する発言を繰り返し、EUを重視するマクロン仏大統領の登場を歓迎するのである。

G20は最終的に「強固で、持続可能で、均衡ある、かつ、包摂的な成長を前進させることは,引き続き我々の最優先課題である」と宣言し「持続可能な開発及び安定性の基礎として,テロ、避難、貧困、飢餓及び健康への脅威、雇用創出、気候変動、エネルギー安全保障並びにジェンダー間の不平等を含む不平等を含めた国際社会の共通の課題に対処する決意」を表明した(G2ハンブルク首脳宣言「相互に連結された世界の形成」、訳は外務省仮訳 )。しかし、気候変動・地球温暖化についてアメリカ・トランプ大統領の立場は変わらず、アメリカのパリ協定離脱の決定に留意しつつも、パリ協定は不可逆的と立場の違いが明確になった。

G20で気候変動を扱ったセッションからトランプ大統領が退席し、プーチン大統領との米露会談に時間を費やしたことは、今回のG20の難しさを象徴する出来事であった。

結局、さまざまなグローバルな課題については一応の首脳宣言文書がまとめられた。G20は単なる2日間の首脳会議の場ではなく、首脳会議にいたる官僚の準備と大臣会合のまとめを経て一歩一歩関係国間で調整を進める枠組である。その成果を集約し、大臣レベルではまとめられない問題を大所高所から指導者が議論して方向性を出すのが首脳会議の主旨である。しかし、第二次世界大戦後一貫して世界の政治経済の中心にあったアメリカの指導者が、これまで積み上げられてきた合意を否定してしまうという事態は、極めて深刻な事態であり、経済のレベルや国家運営のあり方も大きく異なる諸国が参加する難しい場における合意形成をさらに難しく、分野によっては不可能にしてしまっているのである。

しかしそれでも、G20のような多様な国々の指導者が一堂に会する場の存在は、グローバル化に反対する人々からの批判はあろうとも、国際社会にとっては十分に意義がある。世界の人口の3分の2、経済力の5分の4を占める19カ国とEUが、首脳会議にいたる過程で世界経済、貿易の分野のみならず、気候変動や保健衛生、開発など多様な課題の政策調整の協議の枠組を持っていて、国際機関を補完する制度となっていることの意義には留意しておく必要があろう。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story