コラム

狂気を描く映画『清作の妻』は日本版『タクシードライバー』

2022年07月07日(木)12時45分
清作の妻

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<誰にも予想できない行為に及んだお兼、彼女を捕らえて集団リンチする村人たち、取りつかれたように鐘を鳴らし続ける清作──映画のテーマを一言にすれば「狂気」だが、その源泉は何なのか>

『清作の妻』の劇場公開は1965年。吉田絃二郎の同名小説を新藤兼人が脚色して、『兵隊やくざ』や『陸軍中野学校』などで知られる巨匠、増村保造が監督した。

舞台は日露戦争時代の広島の貧しい農村。病気の父を抱える一家の生計を支えるため、お兼(若尾文子)は大富豪の隠居老人(殿山泰司)の妾(めかけ)となる。しかし老人は入浴中に急死し、病気の父も亡くなる。莫大な遺産を相続して家に戻ってきたお兼に対して、村人たちの好奇と嫌悪の視線が容赦なく突き刺さる。

閉鎖された集団は同質性を強要する。艶やかな美貌を誇り大富豪の妾となり大金を手にして帰ってきたお兼は、村の日常(ルーティン)からはみ出した存在だ。村八分という言葉が示すように、日本の村落共同体的メンタリティーは異質な存在に対して徹底して不寛容だ。思い込みの激しいお兼の性格も孤立する大きな要因になった。

そんなとき、除隊した清作(田村高廣)が村に帰ってくる。子供の頃から真面目で優秀。勇敢な模範兵として表彰までされた清作を、村長や在郷軍人会、そして村人たちは、おらが村の英雄として熱狂的に歓迎する。

やがてお兼の母も死ぬ。知的障害を持つ従兄(千葉信男)と2人で暮らしながら、お兼は孤独な生活に耐え続けていた。

そのお兼が清作と恋に落ちる。やはり思い込みの激しい清作は、家族や村人たちの反対の声も気にならない。家を出た清作はお兼と暮らし始める。しばらく続く甘い蜜月の日々。しかし日露戦争の勃発で清作に召集令状が届く。負傷して一旦は村に帰るが、再び戦地に向かう清作。いま別れたらもう二度と会えなくなるかもしれない。清作が負傷したことで、お兼のその危惧はより強くなる。思い悩んだお兼は、たまたま拾った太い釘(くぎ)を着物の懐に忍ばせる。

映画のテーマを一言にすれば狂気だ。誰にも予想できない行為に及んだお兼だけではなく、逃げる彼女を捕らえて集団でリンチする村人たちも、目を覆いたくなるほどに狂乱する暴徒だ。さらに、取りつかれたように鐘を鳴らし続ける清作も狂気だ。

そして何よりも、戦地で負傷し治療のために戻ってきた清作に、「恥を知れ!」「次は戦死してこい!」などと罵声を浴びせる村人たちが象徴する銃後の戦争、つまり国家も狂気だ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:インド進出を加速する英大学、移民抑制受け

ワールド

アングル:戦闘で労働力不足悪化のロシア、インドに照

ワールド

アングル:フロリダよりパリのディズニーへ、カナダ人

ビジネス

NY外為市場=ドル横ばい、米CPI受け 円は週間で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 5
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 6
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 7
    【インタビュー】「4回転の神」イリヤ・マリニンが語…
  • 8
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 9
    機内の通路を這い回る男性客...閉ざされた空間での「…
  • 10
    中国の砂漠で発見された謎の物体、その正体は「ミサ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 6
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 7
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 10
    50歳には「まったく見えない」...信じられないレベル…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story