コラム

1人の男と2人の女、突き放される3人の子供 本当の「鬼畜」は誰なのか

2020年11月02日(月)11時00分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<既に大女優の地位にいた岩下志麻と小川真由美がとんでもない悪女を演じ、おどおどと言い返せない小心者には緒形拳。政治家は組閣のときに気安く言うが、映画『鬼畜』の配役はまさしく「適材適所」だ>

『鬼畜』の舞台となるのは関東の地方都市。宗吉は小さな印刷屋を営む、地元ではそれなりの名士だ。妻であるお梅との間に子供はできなかった。仕事の合間に宗吉はふと思う。小さくとも一国一城の主に俺はなった。妾(めかけ)の1人くらいいて何が悪い。こうして宗吉は、行きつけの料理屋で下働きしていた菊代を妾として囲う。

現職の代議士が妾の存在を隠さなかった時代だ。でも小心者の宗吉は、菊代の存在について妻に内緒にしていた。それから7年が過ぎた。印刷屋の経営は順調だ。菊代との間には3人の子供ができている。

ところが予期しなかった災害が印刷屋を襲う。火事だ。印刷機器など設備の大半を失い、再建しようにも得意先のほとんどを大手の印刷会社に奪われ、銀行も融資しようとはしてくれない。零細経営であったからこそ凋落は早い。月々の生活費をもらえなくなって困窮した菊代は、3人の幼い子供の手を引いて印刷屋に乗り込んできた。全てを知ったお梅は激怒し、菊代は翌朝に3人の子供を残して姿を消す。

気弱な宗吉を演じるのは緒形拳。気が強くて宗吉を罵倒するお梅は岩下志麻で、負けずに気が強くて宗吉を責め立てる菊代は小川真由美だ。このキャスティングが素晴らしい。政治家は組閣のときに適材適所という言葉を気安く使うが、3人のキャスティングはまさしく適材適所だ。

監督は野村芳太郎。その代表作は何といっても脚本に橋本忍と山田洋次を起用した『砂の器』だが、ほかにも『張込み』『わるいやつら』など松本清張の原作を、数多く映画にしている。ならば社会派監督と書きたくなるが、野村のレパートリーは喜劇に時代劇、メロドラマに音楽映画など幅広く、量産型のいわゆるプログラムピクチャー全盛時代の松竹を支えた職人監督の顔も併せ持つ。

子煩悩な宗吉は3人の子供たちと一緒に暮らすことを望むが、全くその気のないお梅は、子供たちにつらく当たる。まさしく鬼母だ。でも気弱な荘吉はお梅に何も言えない。

やがて幼い次男は衰弱死し、長女は宗吉が東京タワーに連れて行って置き去りにする。最後に残された6歳の長男だけは手元に置いておきたい。でもお梅はそれを許さない。長男の手を引いて、宗吉は能登半島に向かう。長男を殺すために。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

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