コラム

「レアメタル」は希少という誤解

2023年07月25日(火)17時05分

よく注意してみると、「レアメタル」の争奪戦が起きると煽っている人たちは、実は「レアメタル」の利害関係者であることがほとんどである。「レアメタル」は世界市場の規模が小さいので、投機の対象になりやすく(中村、2009)、争奪戦を演出して価格が急騰すれば、投機家が儲かる。また、争奪戦を演出できれば、専門家も社会的な注目を浴びる。だが、そうした利害関係者の煽りに踊らされて、企業が「レアメタル」を高値掴みしてしまったり、相手国との外交関係がこじれたりすれば、その代価は重い。

2010年に中国が輸出量を急に絞ったことで起きた「レアアースショック」の際にも、日本と中国の利害関係者による暗黙の連係プレーがあった。その始まりは、2009年1月に日本政府が日本の領海や排他的経済水域における海底資源の探査を進める方針を発表したことである。日本の専門家たちは南鳥島周辺の海域のコバルトリッチクラストにレアアースが含まれているので、レアアースの供給不安が高まるなかで政府主導の開発を推し進めるべきだと主張した。

すると、中国の専門家たちがこの情報を聞きつけて、「日本はレアアースが安い時に中国から大量に買い付けて海底に20年分のレアアースを備蓄している」と歪曲した。実に荒唐無稽な説であるが、権威ある専門家までがこの説を唱えたので、中国のさまざまなメディアで報じられた。そうした報道に影響されたのか、中国のレアアース輸出制限は特に日本に対して厳しかった。すると、日本では専門家たちが、海底資源の開発を推進してレアアースの供給を中国に依存しない態勢を築くべきだと声高に主張しはじめた。こうして日中の専門家たちがまるで示し合わせたかのようにレアアースに対する危機感を煽り、日中関係は確実に悪化した――。

あれから10年余り経ったが、日本の海底レアアースはアメリカ地質調査所の資料(USGC,2023)のなかでいまだに確認埋蔵量だとは認められていない。それがなくても世界のレアアース埋蔵量は400年分以上あるので、世界のレアアース需要が現在の数十倍に拡大でもしない限り、日本の海底レアアースが商業ベースで開発されることはないだろう。

空騒ぎをもうこれ以上繰り返さないようにするために、真に希少な金属以外は「レアメタル」と呼ぶのをやめ、レアアースを含めた14種については「マイナーメタル」と呼ぶようにしたらどうだろうか。

参考文献
USGC, Mineral Commodities Summaries 2023.
経済産業省非鉄金属課・鉱業資源課「レアメタル・レアアース(リサイクル優先5鉱種)の現状」2014年5月
田中和明『よくわかる最新レアメタルの基本と仕組み 第2版』秀和システム、2011年
中村繁夫『レアメタル超入門』幻冬舎、2009年
原田幸明「レアメタル類の使用状況と需給見通し」『廃棄物資源循環学会誌』Vol.20, No.2, 2009年

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米高官、中国レアアース規制を批判 信頼できない供給

ビジネス

AI増強へ400億ドルで企業買収、エヌビディア参画

ワールド

米韓通商協議「最終段階」、10日以内に発表の見通し

ビジネス

日銀が適切な政策進めれば、円はふさわしい水準に=米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に共通する特徴、絶対にしない「15の法則」とは?
  • 4
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 10
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story