コラム

EVに次いで車載電池も敗戦?──ここぞという場面でブレーキを踏んでしまう日本企業

2022年07月20日(水)14時34分

そのパナソニックを抜いて2017、18年に世界のトップになったのが中国の寧徳時代(CATL)である。CATLは急速に立ち上がる中国のEV市場とともに歩んできた。中国の主要な国有自動車メーカーのすべてに車載電池を供給するばかりでなく、NIOのような新興民営メーカーにも供給している。2021年上半期の時点で中国には総計2400車種のEVがあったが、そのうちの1200種以上にCATLの電池が載っているという。「来るものは拒まず」とばかりに電池の注文を受けてきたことが窺える。

marukawa22.jpeg

パナソニックの販売方針はそれとは対極にある。「世界のトップランナー」しか相手にしない方針で、実際、テスラとトヨタ、およびホンダの一部車種にしか電池を供給していない。そうした狭量な方針が災いして、世界の車載電池トップ3の一角を占めていたパナソニックは、2021年の世界的なEV販売拡大の波から脱落しつつある(図2)。

部品メーカーが限られた完成車メーカーとだけ取引し、コスト引き下げや品質改善に協同して取り組むというのは日本の自動車産業の美風であった。だが、パナソニックが忠節を尽くしてきたテスラは2020年から他の電池サプライヤーに浮気しはじめた。テスラは2020年に上海で立ち上げたEV工場の電池サプライヤーにパナソニックだけでなく、CATLとLGエナジー(韓国)も引き入れたのである。テスラとしては、パナソニックにも現地で電池を生産してほしかったのにパナソニックが拒んだため、現地で電池を供給してくれる他のサプライヤーも必要になったということである(『21世紀経済報道』2020年2月24日)。パナソニックはテスラの中国生産がうまく行かないと思ったのかもしれないが、痛恨の判断ミスであった。

パナソニックは2028年度までにEV電池の生産能力を、北米を中心に現在の3~4倍に拡大する方針を最近表明した(『産経新聞』2022年6月2日)。今後のEV市場の世界的な拡大を考えればそれぐらいの需要は当然見込めるであろう。ただ、仮に現状の3~4倍に拡大したとしてもCATLやBYDの2025年の生産能力の半分にも満たない。この他に中創新航(CALB)、蜂巣能源(SVOLT)、国軒高科(Gotion High-tech)など中国の3番手以下の車載電池メーカーも、どれほどの勝算があるのかは不明だが、パナソニックよりも強気の生産能力拡張計画を打ち出している。

太陽電池、EV、EV電池のいずれにおいても、日本企業はパイオニアであり、優れた技術力を持っていた。にもかかわらず、どうしてチャンスがやってきたときにアクセルを踏み込むのではなくブレーキを踏んでしまうのだろうか。

その理由について筆者に考えがないわけではないが、紙幅も尽きたので、また別の機会に論じることにしたい。

参考文献
IEA, Global EV Outlook 2022, 2022.
Jose Pontes, "Tesla #1 in world EV sales in 2021," Clean Technica, January 31, 2022.
丸川知雄『チャイニーズ・ドリーム:大衆資本主義が世界を変える』ちくま新書、2013年

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「MSNBC」が「MS NOW」へ、コムキャスト

ビジネス

米8月住宅建設業者指数32に低下、22年12月以来

ワールド

ハマス、60日間の一時停戦案を承認 人質・囚人交換

ワールド

イスラエル、豪外交官のビザ取り消し パレスチナ国家
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    AIはもう「限界」なのか?――巨額投資の8割が失敗する現実とMetaのルカンらが示す6つの原則【note限定公開記事】
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    アラスカ首脳会談は「国辱」、トランプはまたプーチ…
  • 8
    「これからはインドだ!」は本当か?日本企業が知っ…
  • 9
    恐怖体験...飛行機内で隣の客から「ハラスメント」を…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story