コラム

「中国標準2035」のまぼろし

2022年02月07日(月)06時00分

国際標準化については、国際標準を中国でも積極的に採用し、中国と外国との標準の相互承認を進めることで、中国標準と国際標準の一致度を高めるとしており、2025年には国際標準を中国標準に転化する率を85%以上に高めるという目標も示している。つまり、中国の標準を世界に広めていくのではなく、逆に国際標準に中国が合わせていく、ということが書いてあるのだ。

綱要の中には「積極的に国際的な標準化活動に参加する」という一文もあり、この一文をもって国際標準に対する中国の影響力を増そうという意図の現れだと解釈することもできなくはない。だが、『日本経済新聞電子版』2022年1月16日のように、この一文から国際標準を中国の標準に合致させようとする野望を読み込むのは曲解というほかない。

ところが、自民党が一連の誤報に刺激されたようで、中国に負けないように、「医療やデジタル分野で日本技術の国際標準化を支援する」と言い出した(『日本経済新聞』2020年8月11日)。一般論でいえば、日本が国際標準の作成や普及に積極的に参加していくことには私も賛成である。日本はこれまで海外で一般的な標準とは異なる自国標準を使う戦略をとることが多かったので、自国標準と国際標準を合わせる方向に向かうのであれば大きな前進である。

日本が独自標準を戦略的に採用した事例の一つが携帯電話の通信規格である。1990年代から2000年代に至るまで、ヨーロッパが統一して作ったGSMが世界200か国以上で採用されていた。ところが、日本はGSMを採用せず、日本独自規格であるPDCを採用した。後にアメリカのクアルコムが開発したCDMAも使うようになったが、世界で圧倒的に主流だったGSMは最後まで採用しなかった。

日本標準で世界標準をブロック

そのため、世界の携帯電話機市場で高いシェアを持っていたノキア、モトローラ、エリクソンは日本では全く存在感がなく、日本ではNEC、パナソニック、富士通、シャープなど日本のメーカーの携帯電話機が市場を占めていた。

その後2010年頃から日本ではアップルのiPhoneが圧倒的に優位になって、日本メーカーはすっかり影が薄くなってしまったが、それまでの20年余りは、GSMを使わないという戦略によって外国メーカーをブロックしたのである。ちなみに、2007年にアメリカで発売された初代のiPhoneはGSMにしか対応していなかったため、日本では使えなかった。

また、牛のBSE(牛海綿状脳症)問題が起きた時も日本は独自の検査基準を採った。BSEが1990年代にイギリスなどで発生し、2001年に日本でも感染した牛が発見されると、日本は、海外では無意味だとされている牛の全頭検査を始めた。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ロシア大手2行、インド支店開設に向け中銀に許可申請

ワールド

ガザの反ハマス武装勢力指導者が死亡、イスラエルの戦

ビジネス

マクロスコープ:強気の孫氏、疑念深める市場 ソフト

ビジネス

実質消費支出10月は3.0%減、6カ月ぶりマイナス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 8
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 9
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story