コラム

中国は新型肺炎とどう闘ったのか

2020年03月18日(水)15時55分

武漢の封鎖から1週間は現場が非常に混乱していたようだ。武漢市中心医院の救急外来で新型肺炎患者の診察にあたった女性医師へのインタビュー記事が3月中旬に中国の雑誌のウェブ版に掲載され、その直後に当局によって削除されたが、それによると、救急外来に来て順番待ちをしている間に亡くなってしまう患者もいたという。1月下旬には武漢市中心医院の医師たちも過労や新型肺炎への感染のために次々に倒れていった。

武漢赤十字会の腐敗と不作為も混乱に拍車をかけた。武漢赤十字会には全国から救援物資が送られてきたが、赤十字会はそれを倉庫に貯め込んで病院に届けなかったり、新型肺炎の治療とは関係のない産婦人科医院に回していたりしていたのである。この件では2月4日に武漢赤十字会の副会長が罷免された。

事態が落ち着きを取り戻してきたのは、武漢市が1週間の突貫工事で作った臨時の病院、火神山医院と雷神山医院が患者を受け入れ始めた2月3日頃からである。二つの病院のベッド数は2600床で、これによって、武漢市が新型肺炎患者に提供できるベッド数が9241床になった。病床が増えても医者や看護師がいなければ役に立たないが、湖北省には全国から3万2000人以上の医者や看護師が支援のためにやってきた。

戸別訪問で患者・感染者の洗い出し

2月5日には、病院にやってくる患者だけでなく、家にこもっている患者や症状のない感染者なども見つけ出して治療したり隔離したりする方針が決まった。係員が住宅を一戸一戸訪問して、住民の体温を測ったり、症状がないか、感染者との濃厚な接触があったどうかなどを尋ねて回った。

患者、感染者、濃厚接触者は3つのグループに分けて収容された。まず、重症の患者たちは武漢市中心医院などの指定病院や火神山医院と雷神山医院に入院した。また、軽症の患者たちは「避難所病院」と称される施設に収容された。これはコンベンション・センターや体育館などにベッドを並べたもので、そこにも医師や看護師がつく。「避難所病院」は武漢市に15か所設けられ、1万床以上のベッドが据えられた。さらに、濃厚接触者など症状がない人たちはホテルや党校などに隔離された。

指定病院の受け入れ能力も拡張された結果、2月20日時点で、指定病院のベッド数が3万床、「避難所病院」は2万5000床、ホテルなどの隔離場所には4000床が用意された。つまり、5万9000人の患者や感染者が同時に入院したり隔離を受ける態勢ができたことになる。

さまざまな新技術も新型肺炎との闘いに利用された。

ネット小売大手の京東は、武漢市内の配送センターから病院まで医療用品や救援物資を送り届ける手段として自動運転車を使った。これによって省力化ができるだけでなく、人と人の接触も回避できる。京東の自動運転車はまだ開発されたばかりで、昨年末に北京市郊外でレベル4の自動運転(特定の場所で全自動運転)の実証実験をしたところであったが、非常事態に直面したことで実用化が早まった。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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