コラム

中国当局がひた隠すスラム街の存在

2018年12月10日(月)20時43分

つぶされた新建村も工業団地に隣接していて、工場で働く労働者たちが住んでいた。スラム街であっても、そこが犯罪や麻薬の巣窟にならないのは、そこの住民が工場労働や商業・サービス業などまともな職業についているからである。であるならば北京市政府もそこの住民たちを北京市民として遇し、下水道、ゴミ収集、交通、学校といった公共サービスを提供するべきであろう。

スラム街の住人たちは北京市の工業生産に貢献することを通じて、市の財政にも貢献している。だが、北京市は出稼ぎ労働者たちの労働力を利用しながら彼らに対する公共サービスを何も提供してしない。

さらに気になるのは、こうした出稼ぎ労働者の境遇に対して政府ばかりでなく、社会も無関心であることである。リオにファヴェーラがあることは誰でも知っているが、北京にスラム街があることを知る人は少ない。私が今回見つけたスラム街に関してネットで情報を集めようとしたが、さっぱり情報がない。スラム街はある鎮のなかにあって、その鎮についてはもちろん情報があるが、それによると「人口4万3216人、うち農業人口が2万9536人、非農業人口が1万3680人」と書かれている(「百度百科」より)。これは明らかにこの鎮に戸籍を置く人だけをカウントしており、5万人とも推計される出稼ぎ労働者の存在は一切無視されているのである。このスラム街に関する学者の研究も見当たらない。1990年代には、北京市郊外にあった「浙江村」に関してかなり詳細な報道や研究が行われたが、今日のスラム街に対しては学者たちの関心も薄れてしまったようである。

北京の手前に「関所」

北京市は出稼ぎ労働者たちの労働力だけをむしり取って、彼らを人間として受け入れようとしていない。こうした「首都の身勝手」ともいうべき事例をもう一つ見つけたので、ここでついでに報告しておきたい。

北京市とその外(天津市と河北省)との境界にいつの間にか「関所」が設けられているのである。

日本では、高速道路で例えば東京都から埼玉県に入るとき、私の車のカーナビは「埼玉県に入りました」と伝えてくれるが、それ以外には特段境界を越えたことを意識することはない。中国だって普通はそうである。ところが、天津市と河北省から北京市に入るところでは、境界をまたぐ高速道路の車線が閉鎖されていて、車はわざわざサービスエリアみたいなところを迂回させられ、そこで一台ごとにチェックを受ける。チェックといっても、代表者の身分証を見せるぐらいのことで済むのであるが、北京市以外のナンバーの車はもっと細かい検査もあるようだった。いずれにせよ、この「関所」があるために渋滞が発生し、少なくとも20分ぐらい到着が遅れる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story