コラム

お金になりそこねた日本の「電子マネー」

2018年03月07日(水)13時20分

ところが2014年の旧正月に支付宝と微信支付が激しい顧客獲得競争を繰り広げたことをきっかけにスマホ・マネーの利用者が一気に増え、世の中が一変した。いまではコンビニ、レストラン、路上の屋台においてさえもスマホ・マネーで支払いを済ます人が多い。先週北京大学に行った時に入った構内のカフェでは現金を受け付けず、支付宝か微信支付でしか支払えなかった。これからそういう店がますます増えそうである。

一方、日本では現金流通残高/GDPの割合が世界一高いばかりでなく、ますます高まる傾向にある。これは流通している現金の多くが貯蔵需要(すなわちタンス預金)に向かっているからではないかと日本銀行は分析している(日本銀行「BIS 決済統計からみた日本のリテール・大口資金決済システムの特徴」2017年2月)。

どうせ銀行に預けておいても金利ゼロだし、お金を泥棒に盗られる心配もあまりないからとタンス預金する人が増えているようだ。高齢者がタンスに現金をしまい込んだまま亡くなり、遺族がそれに気づかぬまま遺品を処理するので、ごみ集積場で多額の現金が見つかることが増えているらしい(NHKクローズアップ現代+「現金が捨てられる!?」2018年1月16日放送)。

世界一よくできた自販機

日本では現金を使うのが便利だから現金志向が強いということも言えそうである。現金を扱う自動販売機の性能の良さにかけては日本は世界一ではないかと思う。私は2年ほど前にヨーロッパに4カ月ほど滞在したが、その間に、乗車券の自動販売機にコインを入れたら何も出てこないという経験を3回ぐらいした。中国の地下鉄の自動販売機はときどき紙幣を受け付けてくれないので、地下鉄に乗る時は1元のコインをたくさん用意していかないと切符を買いにくい。

そういう体験をして日本に戻ると、140円の切符を買うのに1万円を入れてもドカッと釣銭が出てくるとか、いっぺんにジャラジャラと硬貨を入れても正確に数えてくれるなど、日本の自動販売機の性能の良さを再認識する。

日本の現金志向が強いもう一つの理由、それは電子マネーが不便なことである。電子マネーが使える場所がまだまだ限られている。それは日本の電子マネーの多くが非接触ICカード「FeliCa」という技術を選択してしまったためでもある

客からFeliCaでの支払いを受けられるようにするにはお店が読み取り機を用意しなければならないが、それが1台何万円もするため、読み取り機を配置しない商店が多く、電子マネーが使えるお店がなかなか増えない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:屋台販売で稼ぐ中国の高級ホテル、デフレ下

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story