コラム

お金になりそこねた日本の「電子マネー」

2018年03月07日(水)13時20分


FeliCaを開発したソニーが結局自力による電子マネーの普及をあきらめたのも、読み取り機を商品商店に配置していくコストの大きさに耐えられなかったからである。ソニーは2001年に関連会社としてビットワレット株式会社を設立し、FeliCaを利用した電子マネー「Edy」を広めようとした。ビットワレットは読み取り機を格安価格で商店にレンタルすることでEdyを普及させようとしたが、読み取り機を配置するコストのため大赤字に陥り、楽天に身売りすることになった(立石泰則『フェリカの真実』草思社、2010年)。

日本の電子マネーは全体として使える場所が限られているだけでなく、いろいろなブランドが乱立しているため、一つのブランドの電子マネーが使える場所となるとさらに限定されてしまう

コンビニは各系列がそれぞれ電子マネーを運営していて他のコンビニ系列の電子マネーは受け付けない。nanacoはセブンイレブンだけ、Pontaはローソンだけ、TポイントはファミリーマートとサークルKサンクスだけ、WAONはミニストップだけ、と使える電子マネーが限定され、レジで他のコンビニ系列の電子マネーを出そうものなら、「何ですか、それ?」と白眼視される。

最初のボタンの掛け違い──SuicaとEdyの分裂

こうした展開は、実はFeliCaを開発したソニーの技術者たちにとっても心外なことだった。立石泰則氏の『フェリカの真実』によれば、技術者たちはFeliCaに載せる電子マネーは一種類だけ、すなわちEdyだけとし、それに鉄道の乗車券だとか商店のポイントカードといった付加部分を付け足すことを構想していた。ところが、他ならぬEdyの運営主体であるビットワレット株式会社によってこの構想が踏みにじられてしまった。

Edyが実用化される前夜の2001年春、ソニーと一緒にFeliCaを開発して電子乗車券「Suica」に利用したJR東日本が、Suicaに電子乗車券として使う部分以外にEdyを搭載したいと申し出てきた。ところがビットワレットはこの申し出を断ってしまったのである。そのため、Suicaは独自の電子マネー機能を持つようになった。

そして、後にFeliCaを使ったWAONだとかnanacoといった電子マネーが続々と登場するが、それぞれEdyやSuicaとは相容れない独自の電子マネーとなったのである。

利用できる範囲が限定された日本の電子マネーは、立石泰則氏が喝破するように「どこでも誰でもが使えるはずの『マネー』とは程遠く」なった(『フェリカの真実』191ページ)。では、それはいったい何なのだろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ガザ停戦維持に外交強化 副大統領21日にイスラ

ワールド

米ロ外相が「建設的な」協議、首脳会談の準備巡り=ロ

ビジネス

メルク、米国内事業に700億ドル超投資 製造・研究

ワールド

コロンビア、駐米大使呼び協議へ トランプ氏の関税引
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 7
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 8
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 9
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 10
    トランプがまた手のひら返し...ゼレンスキーに領土割…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story