コラム

トヨタ福祉車両の第一人者に聞く、「移動弱者」と日本のこれから

2021年07月28日(水)20時00分
車いすの男性

外出を避ける理由の一つとして、健常者との間にある心の壁が挙げられる(写真はイメージです) Rich Legg-iStock

<移動できない人が移動できるようになることは大前提──トヨタ自動車で福祉車両を通して高齢者・障害者の外出課題に向き合ってきた中川茂氏はそう語る>

高齢者や障害者の移動を支える福祉車両は、各国の制度や考え方によって発展の仕方が異なる。日本では自動車メーカーが福祉車両を量産して販売しているが、欧米の自動車メーカーは福祉車両を手掛けることはない。

障害者と高齢者が抱える外出の課題と、福祉車両を通して問題に向き合うトヨタ自動車の取り組みについて、トヨタ自動車CV Company CV製品企画ZW主査の中川茂氏に聞いた。


中川氏は1986年にトヨタ自動車に入社。生産技術や内装設計を担当後、2001年に福祉社車両の社内公募に手を挙げ、初代ラクティス車いす仕様車タイプⅠとⅡを手掛けた。SAI製品企画担当を経て、2010年1月より現職。トヨタ福祉車両(ウェルキャブ)の第一人者だ。

先進的な日本の介護用福祉車両

──欧米には改造業者があって、自動車メーカーが介護用の福祉車両を手掛けることはない。日本の自動車メーカーが福祉車両を製造する理由を知りたい。

福祉色の強い欧米では、福祉車両にメーカーは参入しない。なぜなら改造費の全額を自治体が払うという国が多いからだ。欧州で標準車を福祉車両に改造するには、内装やタイヤなどを全て剥がして切ったりする必要があり、約100万円はかかるという。

しかし、その費用を自治体が負担してくれるため、もし自動車メーカーが福祉車両を量産してもお客さんは喜ばない。欧米の自動車メーカーが福祉車両に参入しないのはこのためだ。

だが、改造費に充てられる自治体の費用は住民の税金でもある。少しでも安いものを作った方が住民にとっても良いはずだ。自治体が負担を重いと感じるようになれば、全額負担は難しくなるかもしれない。欧米の自動車メーカーが福祉車両に参入することがあれば、介護用福祉車両の歴史が長い日本の自動車メーカーのノウハウを提供できる。

──福祉車両を量産化するにあたって、どんな苦労があったか。

自動車メーカーはクルマの骨組み部分であるプラットフォーム1種類で月数万台を生産するのが一般的で、月数百台の生産台数の福祉車両専用プラットフォームを作ることは常識外れなことだった。2005年頃にトヨタが福祉車両をインラインで生産し始める前まではなかなか理解されず、社内の開発や製造担当者らに「トヨタ社員であること忘れてください。生活者の視点で考えましょう。世の中には困っている人がたくさんいます。トヨタがやらないと誰もやらないでしょう」と説いて回った。

日本国内でのトヨタの福祉車両シェアは7割に上るが、国内のトヨタ車の中で福祉車両が占める割合はわずか1%しかない。会社の利益と直結しない厳しい状況だが、1円でも安く作りたいと他の自動車メーカーも頑張っている。

障害児を持つ家族の中には「このクルマでしか生活が成り立たない」という声もある。台数が少なく商売として成り立たなくても、公共物に近い存在と捉えているため、新しいものを出していく責任と、それを売り続けていく責任があると考えている。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

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