コラム

データマイニングは犯罪対策をどう変えたのか? 日本が十分に駆使しきれていない「意外な理由」

2025年06月09日(月)11時00分

日本でも、インテリジェンス主導型警察活動が進んでいる。とりわけ、逃亡人の検挙に関して、データを重視するようになった。

もっとも、伝統的に警察は、逃亡人の発見に関して、一般市民から情報を提供してもらうことに消極的だった。提供される情報が多すぎると捜査が混乱し、捜査員のモチベーションが下がるというのが、積極的になれない理由だった。

しかし近年、その方針は180度転換され、「どんな情報でもいいから出してほしい」という姿勢に舵を切った。その先駆けになったのが、地下鉄サリン事件で指名手配されたオウム真理教事件実行犯の逮捕劇だった。警視庁が防犯カメラの映像や似顔絵を連日公開する異例の捜査を展開したのだ。その結果、11日間で1800件を超える情報が寄せられたという。

確かに、次の図で明らかなように、統計学的には、情報の量が多ければ多いほど、逃走犯の所在地を発見できる可能性が高まる。

newsweekjp_20250605092451.jpg

情報の量と質 筆者作成

この図に示された赤点(ドット)のうち、どれが正しい情報かは分からない。実際、情報が増えれば虚偽情報も多くなってしまう。しかし、正しい情報なら次第に集中してくる。つまり、ドットが集まっているところが、逃亡人の潜伏先として自然に浮かび上がってくるのだ。

もっとも、日本の予測型警察活動は、海外に遅れを取っている。というのは、基礎になるビッグデータが脆弱だからだ。日本のビッグデータには、客観的な「犯罪発生情報」だけでなく、主観的な「不審者情報」が混在している。しかし、不審者情報はノイズでしかない。「こんにちはと声をかけられた」「道を教えてくれると声をかけられた」といった事案が含まれているからだ。欧米の犯罪対策では、曖昧な「不審者」という言葉は使われていない。

日本でも予測型警察活動の実効性を高めるには、まず、基礎データの質を根本から見直す必要がある。曖昧な情報に頼る限り、精度の高い犯罪予測は望めない。ビッグデータの力を真に引き出すには、情報の選別と整備が急務である。

ニューズウィーク日本版 非婚化する世界
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月17日号(6月10日発売)は「非婚化する世界」特集。非婚化と少子化の波がアメリカやヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国自動車販売、5月は4カ月連続で増加 伸びは鈍化

ワールド

NATO、防空・ミサイル防衛400%強化を 事務総

ビジネス

米利下げ時期予想、雇用統計受け7月から9月に後ずれ

ビジネス

ECB利下げサイクルほぼ終了、夏の間データを検証=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 2
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、健康に問題ないのか?
  • 3
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全な場所」に涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 6
    コメ価格高騰で放映される連続ドラマ『進次郎の備蓄…
  • 7
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    ディズニーの大幅な人員削減に広がる「歓喜の声」...…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 6
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 7
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 8
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 9
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 10
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story