コラム

犯罪が後を絶たないのは、日本のトイレが構造上世界一危険だから

2022年10月14日(金)11時20分

「見えにくいトイレ」ではいじめも起こりやすい。

そのため、オランダのアムステルダムには教室内からトイレが見える小学校がある。

komiya_netherlands.jpg

出典:『写真でわかる世界の防犯──遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

日本のいじめ対策がいじめの動機(犯罪原因論)に関心を集中させているのとは対照的に、海外のいじめ対策はいじめがやりやすい場所(犯罪機会論)に関心を向けているということだ。こうしたところにも日本の「犯罪機会論」の遅れを見ることができる。

海外には、視覚的に男女の区分が明確で犯罪者が紛れ込みにくいトイレや、ドアをかすかに人影が見える程度の半透明にしたトイレなど、さまざまな工夫が施された「安全なトイレ」がある。詳しくは、防犯写真集『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)を見ていただきたい。

こうした「犯罪機会論」に基づくデザインに対しては、「ジェンダーフリー」の視点から異論を唱える人たちもいる。男女別のないトイレ(オールジェンダートイレ、ユニセックストイレ)の方が望ましいというのだ。しかし、この主張は、有形のハードウエア(はっきり見えるもの)と無形のソフトウエア(はっきりとは見えないもの)を混同していると言わざるを得ない。

そもそも、「ジェンダー」の概念は、生物学的(有形)な「セックス」を、社会心理学的(無形)な世界に持ち込ませないために生まれた。つまりジェンダーは、ハード面の「区別」を否定するものではなく、ソフト面の「差別」を否定するものなのである。

性的マイノリティー(LGBT)やエスニック・マイノリティー(黒人やヒスパニック系などの民族的少数派)の権利運動も、「制度的差別」という社会的ソフトウエア(はっきりとは見えない世界)が主戦場だ。ヘイトクライム(憎悪犯罪)も、アイデンティティーという個人的ソフトウエア(意識しにくい世界)が引き起こしている。

「開かれた学校」の誤解

ハードウエアとソフトウエアの混同は前にもあった。「開かれた学校」という理念が流行したときだ。

「開かれた学校」は本来、ソフト面の「地域との連携」を意味していたにもかかわらず、ハード面の「校門の開放」と勘違いする学校が続出した。その結果、8人の児童が刺殺された大阪教育大学付属池田小事件が発生した(2001年)。門開放の責任を認めた学校側は5億円の賠償金を支払った。

ちなみに、海外の学校ではハード的にはクローズにしているが、ソフト的にはオープンだ。教室には、正規の教員のほかに地域ボランティアがいることも多い。

男女の区別なく、「統一性」のあるトイレを作るなら、海外のように、まずは「犯罪機会論」に基づき、「多様性」を確保するゾーニングされたトイレを作って、その上で付加的にプラスワンとして設置するのが筋である。

「多様性」を犠牲にする「統一性」は、「多元的な価値」を認め合う社会とは相容れない。精神論や感情論に流されることなく、科学的・論理的に問題をとらえたいものだ。

ニューズウィーク日本版 非婚化する世界
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月17日号(6月10日発売)は「非婚化する世界」特集。非婚化と少子化の波がアメリカやヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story