コラム

ロシアが北方領土に最新鋭ミサイルを配備 領土交渉への影響は

2016年11月29日(火)13時55分

 北方領土に対艦ミサイルが配備されるのはこれが初めてというわけではなく、従来から択捉島には旧式の「リドゥート」地対艦ミサイルが少数ながら配備されていた。ほかにも千島列島内ではシムシル島にもリドゥートが配備されており、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)のパトロール海域であるオホーツク海を防衛する役割を果たしてきた。この意味では、択捉島のバスチョンは従来から存在するミサイルの代替ということになる。配備された部隊は「中隊の増強を受けた大隊」とのことなので、少なくとも移動式発射機4両ないしそれ以上を含むと考えられよう。さらにもう1個大隊が編成中とされるため、シムシルにもバスチョンが配備される可能性もある。

 一方、国後島にはこれまで対艦ミサイルが配備されたことはなかった。日本により近い国後島は、有事に真っ先に侵攻を受ける可能性があったためだと思われる。従来から国後のソ連/ロシア軍は地上部隊を中心とし、その後方に控える択捉が戦闘機部隊(ソ連崩壊後に撤退)や地対艦ミサイルの基地になるという役割分担であった。

 もっとも、バールは前述のように射程の比較的短いミサイルであるので、その配備も国後島自体の防衛体制強化を念頭に置いたものと考えよう。こちらも部隊の規模は1個増強大隊とされているが、フル編成ならば64発ものミサイルを装備していることになる。

 一方、射程の長いバスチョンは、千島列島南部を広くカバーすることになろう(ミサイルの射程が300kmなので、差し渡し600kmをカバーできることになる)。

 以下の図は、択捉島とシムシル島にバスチョン、国後島にバールが配備された場合のカバー範囲を大雑把に示したものである(青い円がバスチョン、茶色がバール)。

chizu.jpg
バスチョン及びバールのカバー範囲 (筆者作成)

ロシアの思惑は

 以上の動きがプーチン大統領の訪日を控えたこのタイミングで公表されたことは偶然ではあるまい。ただし、ロシアの行動を全て「対日牽制」という観点から理解しようとすることもまた避けるべきである。

 ロシア全土に視野を広げてみると、ロシア軍は2008年のグルジア戦争後から黒海周辺に新型水上艦、潜水艦、地対艦ミサイル、航空機、防空システム、電子妨害システムなどを配備し、有事に西側が容易に介入し得ない領域を作り出そうとしてきた。バルト海、北極海、最近では東地中海でもこうした動きが見られる。

 オホーツク海においても、太平洋艦隊の主要拠点であるウラジオストク周辺やカムチャッカ半島のペトロパブロフスク(原潜基地がある)周辺ではこうした能力の構築がすでにある程度進んでおり、それが千島列島の南端である北方領土にまで及んできたと理解したほうがよい。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ウォルマート、オープンAIと提携 チャットGPTで

ワールド

ハマス、4人の遺体を引き渡し  イスラエルは人道支

ワールド

アルゼンチン支援、ミレイ政権与党の中間選挙勝利が前

ワールド

米の対中関税11月1日発動、中国の行動次第=UST
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 5
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story