コラム

プーチンは本気で「歓迎」されると思っていた...幻想を打ち砕かれ、本格攻撃へ

2022年03月08日(火)17時10分

ウクライナのセルギー・キスリツァ国連大使は国連総会で、一人のロシアの若い兵士のメッセージを読み上げた。兵士は「まだ演習に出かけているの」と尋ねる母親に「今、私が望む唯一のことは自殺することだ。ママ、僕はウクライナにいる。これは本当の戦争なんだ。怖い、みんなに発砲している。民間人にも」と答えた。

コフマン氏によると、ウクライナ軍に待ち伏せされたロシア軍の将校は自分の部下を見捨てて逃げ出している。兵士は装備を捨て、森の中に逃げ込む。破壊された車両より放棄された車両の方が圧倒的に多く、そのまま放置されている。「嘘をついて戦場に連れてこられた部隊の士気が低いのは当たり前だ」という。

ロシアの法律では徴兵制の兵士(18~27歳の男性全員、1年間)を前線に送り出すことは禁じられている。このためウラジーミル・プーチン露大統領は3月8日、国際女性デーを記念してTV放映されたメッセージで「徴兵制の兵士は敵対行為に参加しておらず、今後も参加しない。予備役の追加招集もない」と強調した。

プーチン氏の願望に基づいて立てられた作戦

戦争では戦果を過大に、損害を過少に発表する傾向が強いため注意が必要だが、ウクライナ軍参謀本部が毎日、ロシア軍の損害をフェイスブックで更新している。それによると、2月24日から3月7日にかけロシア軍は兵士1万1千人以上と戦車290両、戦闘装甲車999台、大砲117門を失い、航空機46機、ヘリ68機、無人航空機7機を撃墜されたという。

ロシア軍は上級の将軍が命令を出さないと動かない。そのため前線に出た副司令官級の少将らが次々と命を落としている。初期の作戦で航空戦力が動員されなかったのは、主要都市を攻撃してウクライナ国民の反発を招かないためだった。北大西洋条約機構(NATO)を牽制するため航空戦力や精密誘導弾(PGM)を温存しているとの見方もある。

そもそも作戦が軍事戦略ではなく、政治的な思い込みに基づいて立てられたことに問題がある。「ウクライナは国家ですらない。ロシア軍がキエフに入れば、ナチズムの圧政に苦しむ市民は歓声で迎え入れる。ゼレンスキー政権はすぐ崩壊する」というプーチン氏の願望を前提に作戦は立てられた。

側近中の側近であるセルゲイ・ショイグ露国防相はプーチン氏への忠誠を示すため、荒唐無稽な作戦に同意したとみられる。しかしウクライナ侵攻作戦が最終的に失敗に終わればプーチン氏はスケープゴートを探す必要性に迫られる。ショイグ氏が「戦犯」として真っ先に処分される可能性はかなり高いだろう。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story