コラム

中国警戒という「隙」だけではない、米NATOがこれほど「無力」になった理由

2022年03月22日(火)11時10分
NATOサミットでのバイデン

NATOサミットでのバイデン米大統領(2021年6月) Olivier Hoslet/Pool via REUTERS

<「アメリカを取り込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことが役割だったNATOが、これほどプーチンに好き勝手を許すようになるまで>

[ロンドン発]エマニュエル・マクロン仏大統領が英誌エコノミストとのインタビューで「北大西洋条約機構(NATO)は脳死しつつある」と警鐘を鳴らしたのはドナルド・トランプ米大統領当時の2019年11月だった。ウラジーミル・プーチン露大統領のウクライナ侵攻でNATOは21世紀の行方を決める大きな転機を迎えている。

NATOが誕生したのは冷戦が本格化した1949年4月。調印に際してハリー・トルーマン米大統領(当時)は「今日確かなことがあるとすれば、将来もそうであるとすれば、それは自由と平和を求める世界の人々の意志だ」と宣言した。NATOだけでなく、いま世界は非道な「プーチンの世界」を受け入れるか、自由と平和のために立ち上がるかを問われている。

NATOのヘイスティングス・イズメイ初代事務総長(イギリス)はNATOの役割について「アメリカを取り込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことだと喝破した。ジョー・バイデン米大統領はグローバルリーダーとして戻ってきたものの、中国の台頭を抑えるためアジア回帰を加速させ、欧州の安全保障にスキをつくってしまった。

ロシア軍侵攻後の3月1日、バイデン氏は一般教書演説で「自由は常に専制政治に勝利する。各国指導者が結束し、ヨーロッパと西側諸国は団結を強めている。民主主義と独裁主義の戦いにおいて民主主義諸国は立ち上がった。世界は明らかに平和と安全保障のサイドを選んだ」と表明。共産主義封じ込め政策の「トルーマン・ドクトリン」を思い起こさせた。

米英ともにウクライナに直接介入せず

しかし「米軍はウクライナでロシア軍と交戦しておらず、今後も交戦することはない」とNATO加盟国ではないウクライナとの間に明確な一線を引いた。NATO加盟国防衛のための兵力動員、ウクライナへの武器供与のほか、国際金融システムからのロシアの中央銀行と大手銀行締め出し、オリガルヒ(新興財閥)の資産没収などの制裁にとどめる方針を示した。

NATOが抱える最大の問題は冷戦終結後、ロシアの脅威が縮小したのに伴って兵力を大幅に削減したことだ。1980年代半ば、NATOの16加盟国は500万人以上の兵力を誇り、冷戦のピーク時には100個師団、300万人弱の兵士がヨーロッパに配置されていた。さらに30個師団、170万人の兵士が厳戒態勢に置かれていた。

現在、加盟国は30カ国に増えたものの、NATOの兵力は民間人を含めても約350万人。アメリカがヨーロッパに駐留させている兵力はドイツの3万5千人、イタリアの1万2500人を含め合計約9万人に過ぎない。米軍は第二次世界大戦中に約190万人、冷戦ピーク時の1962年には約40万人をヨーロッパに駐留させていた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

男が焼身自殺か、トランプ氏公判のNY裁判所前

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story