コラム

ウクライナ危機で分断される欧州 米と連携強める英 宥和政策の独 独自外交唱える仏

2022年01月23日(日)18時39分

ロシア外務省は「英外務省による偽情報の拡散はアングロサクソンを中心とする北大西洋条約機構(NATO)加盟国がウクライナ周辺の緊張をエスカレートさせていることを示す証拠の一つだ」とイギリスの告発を一蹴した。米英のアングロサクソン連合と欧州連合(EU)の溝が浮き彫りになる中、イギリスがアメリカを"援護射撃"した格好だ。

しかし首相官邸で日常的に大人数飲み会が行われていた問題で与党・保守党内から辞任を突きつけられるボリス・ジョンソン首相がウクライナ危機に乗じて批判の矛先をかわそうとしている面もある。第二次大戦で祖国を勝利に導いたウィンストン・チャーチルに自らをなぞらえるジョンソン氏だが24歳年下の新妻も操縦できず、百戦錬磨のプーチン氏に対抗できる器ではない。

武器供与を拒否

イギリスは急遽、対戦車兵器をウクライナに供与し、訓練要員として約100人を派遣。カナダも小規模な特殊部隊をキエフに配備した。両国ともアングロサクソン5カ国のスパイ同盟「ファイブアイズ」のメンバーだ。それに対してドイツは自らの武器供与を拒否した上、バルト三国のエストニアがドイツ製の武器をウクライナに供与することまで許さなかった。

そればかりか対戦車兵器を運ぶイギリスの軍用機はドイツ領空を飛べず、迂回ルートを取らざるを得なかったのだ。

ドイツ政府はロシアを国際金融決済システム(SWIFT)から切り離す金融制裁は欧州にも破壊的な影響を与えるため考えられないと独メディアに説明し、アメリカを激怒させた。米政府は代わりにロシア金融機関とのドル取引停止を検討している。これを機にロシアの原油・天然ガスは欧州単一通貨ユーロや中国の人民元での取引が増えるだろう。

ロシアからバルト海の海底を通ってドイツに天然ガスを運ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」の凍結についてもドイツは慎重だ。

ドイツ政権内部では、対露強硬派の緑の党共同党首アンナレーナ・ベーアボック外相とオラフ・ショルツ首相の対立も取り沙汰される。ロシアはドイツに原油や天然ガスを輸出し、ドイツはロシアに機械や自動車、自動車部品を輸出する相互依存関係は、ポーランド分割、バルト三国のソ連占領を承認した1939年の独ソ不可侵条約の時代から変わらないのだ。

独海軍総督はクリミア消滅発言で辞任

21日には、ドイツのカイ=アヒム・シェーンバッハ海軍総監がニューデリーで開催されたシンクタンクの会合で「プーチン氏が本当に求めているのは敬意だ。敬意を払うのは低コスト、いやノーコストだ。彼が本当に要求している、おそらくそれに値する敬意を与えるのは簡単なことだ」と発言した。

さらにウクライナにおけるロシアの行動に対処する必要があることは認めたものの、「クリミア半島は消滅し、二度と戻ってくることはない、これは事実だ」とも述べた。ロシアはクリミア併合を撤回しなければならないという西側の立場とは矛盾するため、シェーンバッハ氏は責任を取って辞任した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story