コラム

G7は中国の「ワクチン一帯一路」に対抗できるのか

2021年02月20日(土)13時54分

イギリスはすでに1687万人にワクチンを接種した。EU側には「EU離脱の成功例とみなされると反EUポピュリストが勢いづく」と負のインセンティブが働く。英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカが共同で製造するワクチンは有効性にあらぬ疑念が唱えられ、スケープゴートにされてしまった。

米デューク大学の調査では、世界人口をカバーするのに十分なワクチンを製造するには3~4年かかる。そうした中、高所得国とワクチン生産力を有する2~3の中所得国がすでに38億回分近いワクチンを購入、さらに50億回分を調達する選択肢がある。

COVAXに参加する約190カ国の人口の20%にワクチンを接種するには1回接種で11億4千万回分、2回接種ではその倍が必要になる。しかし、これまで世界に展開されたワクチンの75%を接種したのはわずか10カ国で、130カ国はまだ1回目の接種も受けていないのが実情だ。

デューク大学の調査を担当したアンドレア・テイラー氏は「高所得国や一部の中所得国が一定割合までワクチンを接種した後、COVAXの枠組みを通じて余剰ワクチンを途上国に割り当てる交渉が進行中だが、そうするインセンティブはほとんど働かない」と打ち明ける。

中国やロシアのワクチン外交

そのすきを突いて、中国やロシアがワクチン外交を展開している。

英紙ガーディアンのまとめによると、中国はインドネシアやトルコ、ブラジル、エジプト、メキシコなど27カ国に対して4億2430万回分のワクチンを、ロシアはインド、ブラジル、ウズベキスタン、エジプト、メキシコなど20カ国に3億8810万回分を供給する。

中国共産党の機関紙系国際紙、環球時報(英語版)は「"中国のワクチン外交は信用できない"という西側メディアの誹謗中傷は事実に反する。中国製ワクチンを購入した国はすべて臨床試験を実施しており、地元の保健当局が緊急使用を承認している。価格も手頃で途上国に希望を与えている」と主張している。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はワクチンに1950年代の米ソ冷戦宇宙開発競争を思い起こさせる「スプートニクV」と名付けた。しかしロシア国内でのワクチン接種は100人当たり2.7回とイギリスの25回に比べて進んでいない。プーチン大統領への不信感が背景にあるとみられている。

「世界のワクチン工場」と言われるインドも、中国が近隣諸国にワクチン外交を展開しているため、対抗して1560万回分以上をネパールやバングラデシュなど17カ国に提供した。西側諸国にとってはインドをどう巻き込んでいくのかが大きなカギを握る。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国全人代常務委、関税法を可決 報復関税など規定

ビジネス

物価の基調的な上昇率、見通し期間後半には目標と概ね

ワールド

エクイノール、LNG取引事業拡大へ 欧州やアジアで

ビジネス

赤沢財務副大臣「特にコメントできることない」、日銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story