コラム

安倍首相に韓国に学ぶ度量はあるか──国家緊急事態宣言の出口戦略

2020年04月27日(月)11時25分

こうした論争は2001年、ブレア英労働党政権下、650万頭もの羊や牛、豚が殺処分され、焼き払われた口蹄疫発生を思い起こさせる。口蹄疫ウイルスも新型コロナウイルスと同じRNAウイルスで変異を繰り返し、伝播要因が多様で、しかも潜伏期間が長い。

国内への侵入を防げなかった場合、感染を封じ込める手立ては殺処分と移動制限しかない。ブレア政権の方針で、感染した農場から3キロメートル以内の農場の家畜は無差別に殺処分にされた。この政策のもとになった数理モデルを提供したのはファーガソン教授だった。

泣きの涙で殺処分を強いられた畜産農家には補償金が支払われ、廃業したり兼業に転じたりするケースが相次いだ。「口蹄疫は数百メートルを超えては伝染しなかった。3キロメートルの科学的根拠は十分ではなかった」という怨念が今も渦巻いている。

口蹄疫の大量殺処分と同様に新型コロナウイルス対策の都市封鎖は致命的な経済的損失をもたらす。このため経済を優先する政治家や産業界から「ファーガソン教授のモデルは完璧ではない。口蹄疫と同じ過ちを繰り返そうとしている」という批判が沸き起こり始めている。

出口戦略として推奨される韓国モデル

リモートワークによって新型コロナウイルスと経済の共生が実現できるという主張は甘い幻想に過ぎない。感染を防止するため都市封鎖や社会的距離を強化すれば経済は末端の中小・零細業者やフリーランスから確実に壊死していく。

今回のパンデミックで生物学的に生き残ることができたとしても経済的・社会的な"死"を迎える人が続出する恐れがある。ワクチンや治療薬を開発するのが究極の出口戦略だが、新型コロナウイルスが変異するスピードを見ると、短期的にはとても楽観できない。

しかし明確な出口戦略を準備しないまま、なし崩し的に都市封鎖を解除し社会的距離を緩和すれば、感染者や死者は再び拡大する。ファーガソン教授がワクチンや治療薬ができるまでの出口戦略として推奨するのが韓国の対策だ。シンガポール、台湾、香港も同様の対策を導入する。

まず徹底した都市封鎖と社会的距離で流行を制御する。次に韓国と同じように大量のPCR検査で無症状や軽症の感染者をあぶり出して隔離する。感染者との接触をスマートフォンのアプリで知らせる「コンタクト・トレーシング(接触追跡)」をフル活用して感染経路を「見える化」して隔離の範囲を絞り込み、経済をできるだけ再開していくモデルだ。

「韓国モデルが世界の模範」とアピールする文在寅大統領を擁立する革新系与党「共に民主党」が先の韓国総選挙で圧勝した。人口1000人当たりのPCR検査実施件数だけを比較しても日本は1.17件なのに対して韓国は11.62件と10倍近い開きがある。

国家緊急事態宣言を行ったものの、外出自粛に依存する日本の安倍晋三首相に韓国に学ぶ度量はあるだろうか。元徴用工・慰安婦問題を貿易・経済問題にまで発展させてしまった安倍首相にそれを期待するのは無理というものなのかもしれない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ大統領府長官が辞任、和平交渉を主導 汚職

ビジネス

米株式ファンド、6週ぶり売り越し

ビジネス

独インフレ率、11月は前年比2.6%上昇 2月以来

ワールド

外為・株式先物などの取引が再開、CMEで11時間超
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    エプスタイン事件をどうしても隠蔽したいトランプを…
  • 8
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 9
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 10
    筋肉の「強さ」は分解から始まる...自重トレーニング…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 7
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story