コラム

孤独なトラック・テロリストの暴走、職質警官が見逃す──イスラムと西洋の対立尖鋭化の恐れ

2016年07月16日(土)09時00分

3度目の大規模テロに襲われたオランド仏大統領 Eric Gaillard-REUTERS

 フランス革命記念日の14日午後10時半(現地時間)、同国南部ニースの海岸遊歩道プロムナード・デ・ザングレは花火を楽しんだ帰りの見物客で混雑していた。突然、白い大型冷凍トラックが遊歩道に乗り上げて暴走を始めた。近所の住民や観光客が跳ね飛ばされたり、なぎ倒されたりし、辺りは阿鼻叫喚の巷と化した。目撃証言や地元紙によると、運転していた男はピストルを乱射したという。

【参考記事】仏ニースのテロ犠牲者に追悼の漫画、続々と

 トラックは2キロにわたって遊歩道を猛スピードで突進したり止まったりしながらジグザグ走行した。高級ホテル「パレ・ドゥ・ラ・メディテラネ」付近で雑踏警備の警官2人が男を射殺して、惨劇は半時間後ようやく幕を閉じた。死者84人。約50人が重体となり、その多くが子供だった。トラックから偽物のライフル銃数丁と使えなくした手榴弾が見つかった。

 遊歩道には子供の遊具や靴が散乱し、「コートダジュール」と呼ばれる地中海の観光名所はテロの恐怖に凍りついた。

見えてきた犯人像

 男は身分証明書から31歳のニース在住チュニジア人で、宅配運転手のモハメド・ラフエジブフレル(Mohamed Lahouaiej Bouhlel)と判明した。地元からの報道によると、チュニジア生まれのモハメドは2005年に渡仏、3人の子供がいるが、2年前に離婚している。家庭内暴力や窃盗、武器所有の前歴がある。宗教心は薄く、情報機関のイスラム過激派リストには登録されていないという。

 フランス警察当局は4階建て集合住宅の2階にあるモハメドの自宅を捜索して背後関係を調べている。冷凍トラックは2日前にニース西側にあるサン・ローラン・デュ・ヴァールのレンタル会社から借りだしたと報じられている。大型免許は最近、取得したという。

 何がモハメドを暴走させたのかは今のところ分からない。14日昼食に出かけ、午後1時半ごろ犯行現場近くに冷凍トラックを駐車した。不審に思った警官が職務質問したところ、モハメドは「アイスクリームを配達に来た」とやり過ごした。警官は偽物のライフル銃や使用できない手榴弾を隠していた車内は捜索しなかった。

 モハメドは高速道路で居眠り運転をして4台の車に次々と衝突、保護観察中だった。

 ニースを含めフランスの10都市で6月10日から7月10日かけ、サッカーの「UEFA欧州選手権2016」が開催され、厳戒態勢が敷かれていた。15年1月に仏週刊紙シャルリ・エブド襲撃、ユダヤ食品店人質事件などで17人が死亡、同年11月にはパリ同時テロが起き、130人が犠牲になったのに、不審者への職務質問が徹底されていなかったことに驚きを禁じ得ない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story