コラム

経済の危機と戦えない日本の「特殊事情」──石油危機と今では「真逆」の対策

2022年05月18日(水)17時21分
需要曲線・供給曲線

SUMAN BHAUMIK/ISTOCK

<岸田政権の物価対策は物足りないと感じる人が多いようだが、日本の現状を考えると理論的にはできることがかなり限られてしまう>

原油や食糧の価格高騰を受けて、岸田政権が物価対策を発表した。内容は販売価格を抑制するための各種支援金や低所得者向けの給付金となっている。一連の施策は困窮対策としては効果があるかもしれないが、根本的な物価対策にはなりにくい。

今回の物価上昇は1970年代に発生したオイルショックとよく似ている。ところが当時の物価対策は今とは正反対の驚くべき内容だった。

オイルショックをきっかけに日本の消費者物価指数は10年で約2.5倍に跳ね上がった。当時の物価上昇は原油価格の上昇が主な要因なのでコストプッシュ・インフレとされる。経済学の理論上、コストプッシュ・インフレが発生すると総供給曲線が左にシフトするので、総需要曲線との均衡点も左にシフトし、価格上昇とGDPの減少が同時に発生する。

インフレの厄介なところは、一般的な景気対策を実施しにくいことである。景気悪化を防ぐために財政出動すると総需要曲線が右にシフトし、物価をさらに押し上げてしまう。つまり景気対策を行うとインフレを加速させてしまうのだ。

経済学の理論に従うのなら、インフレを抑制するためには需要を減らし、経済活動を低下させる必要がある。当然のことながら、こうした行為は国民生活に大きな打撃を与える。

石油危機当時との大きな違い

では、当時の日本政府がどのような対応をしたのかと言えば、それは理論に忠実な総需要抑制策であった。

日銀は公定歩合を引き上げて金融引き締めを行い、政府は大型の公共事業を次々と凍結。一般企業に対しては、石油や電力の消費を10%削減するよう求めるとともに、コスト上昇分を価格に転嫁しないよう強く要請し、ガソリンスタンドの休日閉鎖、ネオンの消灯、高速道路での低速運転、深夜放送の中止を訴えるなどかなり過激なものだった。

一連の厳しい施策の結果、何とか物価高騰を乗り切った格好だが、経済学の原理原則に忠実な政策を実施できたのは、当時の日本経済に勢いがあったからにほかならない。今の日本経済にそうした勢いはなく、総需要抑制政策を実施すれば、景気は一気に冷え込んでしまうだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story