コラム

「10万円給付」は6月以降に? なぜこんなに手続きが遅いのか

2020年05月13日(水)12時05分

企業や役所のIT化などへの取り組みが遅れていることも一因だ FSTOP123/ISTOCK

<支援決定から2週間で振り込みが始まったアメリカと、日本の10万円給付のスピード感の違いはどこから生まれるのか>

今回のコロナ危機では、日本政府が実施する各種支援策の手続きに異様に時間がかかるという問題が発生している。手続きがどれだけスムーズに実施できるのかは、その国の社会システムの完成度と比例しているが、日本の場合はどこに問題があるのだろうか。

政府はコロナ危機に対応するため、全国民を対象に一律10万円の支給を決定した。だが、実際の支払いまでにはかなりの時間がかかると言われており、人口の多い自治体では6月以降になる可能性もあるという。似たような支援策を実施したアメリカでは、決定から約2週間で振り込みが始まるなど、手続きは極めて迅速だった。

アメリカで素早い支払いが実施できたのは確定申告の制度によるところが大きい。アメリカはほとんどの人が自分で確定申告を行って税金を納めるので、税務当局は個人の年収や住所、口座番号を把握している。同国の給付金は家族構成や年収によって金額が変わるが、税務当局のシステムが自動的に金額を計算して、勝手に振り込んでくれるので国民は何もしなくてもよい。

日本は源泉徴収制度を採用しており、企業に徴税業務を肩代わりさせているため、税務当局は基本的に一定年収以上の源泉徴収票しか企業から受け取らないなど、個人の正確な納税額や口座情報を把握していない。このため住民票をベースに一旦、申請用紙を送り、国民が自ら申請するしかないのだ。

日本の源泉徴収制度は、戦費の効率的な調達のためナチスドイツに倣って戦時中に導入されたもので、税額の把握より徴税が最優先される仕組みだ。イギリスや現在のドイツなどにも近い制度があるが、ここまで源泉徴収に依存している国は極めて珍しい。

活用されないマイナンバー

国民総背番号制に反対する人がいるのでこうした手続きができないと主張する人もいるが、それは事実ではない。既にマイナンバーは付与されており、理屈上、税務署は全ての納税者を把握できる。徴税業務を企業に丸投げするという税制の不備によって詳細な税額を確定できないだけだ。以前から、当局が詳細な税額を把握でき、かつ国民の税に対する意識も高まる確定申告中心の制度に移行すべきとの指摘があったが、毎回、議論は立ち消えになっている。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ情勢巡る「ロシアとの緊張高まり懸念せず」

ビジネス

米11月中古住宅販売、0.5%増の413万戸 高金

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story