コラム

都市景観をお金に換えられない残念な国「ニッポン」

2018年11月27日(火)14時35分

地震大国だから古いビルを維持できないというのは一種の思考停止

東京都港区赤坂にあるホテルニューオータニの向かい側、現在「東京ガーデンテラス紀尾井町」が建っている場所にはかつて「赤坂プリンスホテル」があった。同ホテルの新館は世界的な建築家であった丹下健三氏が設計したもので文化的価値の高いビルだったが、築29年であっけなく解体されてしまい関係者を驚かせた。

日本モダニズム建築の傑作ともいわれた「ホテルオークラ東京本館」も同様である。ホテルオークラは2014年5月に高層ビルへの建て替え計画を発表し、その後、旧本館は取り壊された。旧本館の取り壊しについては、海外の文化人らが反対を表明し、ワシントンポストなど海外の主要メディアも取り上げる事態となったが、計画は予定通り進められた。

ホテルオークラやプリンスホテルは、建築そのものの価値に加え、土地の由来や地形を生かした設計によって、景観としての価値も高いという特徴があった。

オークラの敷地は、周囲を見下ろす小高い丘になっているが、これが周辺との隔絶感を演出しており、米国大使館と隣接していることもあって独特の雰囲気を醸し出していた。赤坂プリンスホテルもその名称から想像できるように、旧皇族(李王家)の屋敷を買い取って建設され、堀に面した地形を最大限活用した設計が行われた(プリンホテル創業者堤康次郎氏の旧皇族からの土地の買い取り方はかなり乱暴なものではあったが)。

日本では建造物を長期間利用せず、すぐに取り壊してしまうことが多いのだが、決まって出てくるのが「日本は地震国なのだからやむを得ない」「ビルを新しくしなければ経済成長できない」といった一方向の議論である。

日本は地震が多く、築年が古いビルの中に耐震性が低いものが多く含まれているのは事実だが、耐震補強を行って継続利用できているビルもあることを考えると、地震国なので古いビルが許容されないというのは一種の思考停止である。米国の西海岸など日本に匹敵する地震多発エリアであっても古いビルはたくさんある。要はコストと技術の兼ね合いであり、検討する余地は十分にあるはずだ。日本が技術大国というならなおさらである。

新興国は法外な値段でも文化的価値が高いモノを欲しがる

古いビルが経済的に競争力を持たないというのも、あくまでハード面に限った話である。現代社会ではソフト面のパワーを無視することはできないし、先進国であるならば、むしろソフト面の付加価値を高めていくことの方が経済的メリットが大きい。

新しくビルを建設することで短期間の建設需要を生み出すことはできるが、長期的には潜在的なテナント需要以上の経済的効果はない。経済全体で考えれば、まだ使える建物を早期に壊してしまった分、減価償却(マクロ経済では固定資本減耗)が増え、結局は、労働者の所得を引き下げる。過剰なビル建設は、かえって経済の弱体化を招く可能性もあるのだ。
 
ニューヨークの超名門ホテルであるウォルドルフ・アストリア・ニューヨークは、2014年にヒルトン・グループから中国企業に売却された。同ホテルは、まさに米国を代表するホテルのひとつだったが、新しいホテルと比べると客室スペースが狭く、老朽化している印象は否めなかった。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政権、加州高速鉄道計画への1.75億ドル資金支援

ワールド

ウクライナと週内にNYで会談、ロシアと協議継続中=

ビジネス

アルゼンチン中銀、預金準備率を50%近くに 選挙控

ビジネス

新発10年債利回りが1.625%に上昇、2008年
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    「ありがとう」は、なぜ便利な日本語なのか?...「言…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story