コラム

日本で倒産が激減しているが、決して良いことではない

2016年03月01日(火)14時58分

量的緩和策が効かない本当の理由

 本来なら市場から退出すべき企業が存続していることは、経済にとって良い影響をもたらさない。旧態依然の企業に人材が固定化され、新しい産業に人が回ってこないからである。

 2014年度の中小企業白書によると、2012年における日本の廃業率は約4.1%となっている。これに対してドイツは8.4%と約2倍、米国は10.3%と約2.5倍の開きがある。これは開業率も同様で、欧米各国は日本の2倍以上となっている。つまり諸外国はたくさんの企業が倒産する一方、多くの新しい企業が生まれていることになる。

 一般的に企業が新しい時代に対応するためには、組織や人を入れ替えなければならない。日本企業だけがこうした措置を経ることなく時代に適応できる能力を備えているとは考えにくく、この結果は、時代に合わなくなった企業が増えていることを示唆するものといってよいだろう。

 米国はもともと自由競争の原理が徹底されているが、ドイツは必ずしもそうではない。このような国において開業・廃業率が高く維持されているのは政策の結果である。ドイツは2012年に倒産法の改正を行い、一定の基準を満たさない企業の取締役は破産申し立てを行うことが法律で義務付けられた。経営者が保身で企業を存続させるこを防ぐため、国家が強制的に市場から退出させるという考え方である。

 一方でドイツは、失業者に対する手当が非常に厚いことでも知られている。失業者が新しい仕事に就くための職業訓練プログラムが多数用意されており、労働力の新しい産業へのシフトを促している。国家が産業の新陳代謝に積極的に関与することで競争力を維持しているわけだ。ドイツのやり方には賛否両論があるが、この政策が経済の新陳代謝の維持に貢献していることは間違いないだろう。

 このところ日銀の量的緩和策に対する疑問の声が大きくなっているが、今の状況で金融政策が無効かどうかを議論するのは少々危険である。なぜなら、経済の新陳代謝が進まない状態では金融政策は機能しないという議論が以前から存在しているからである。

 日銀の白川前総裁は、会見の場において、企業が自ら構造変革を行う状況にならなければ金融政策は効果を発揮しないという主旨の発言を繰り返し行っていた。白川氏らしい持って回った言い回しだったことや、量的緩和策に消極的であることの言い訳として使われた面があったため、世間ではあまり意識されることはなかったが、一連の発言は白川氏をはじめとする日銀官僚の本音であると思われる。

【参考記事】アベノミクス「新3本の矢」でメリットのある人・ない人

 アベノミクスが第2の矢までしか放たれていないことは市場の共通認識となっている。新陳代謝を活発にするための政策が成長戦略なのだとすると、今の日本はこうした環境整備をまったく行わないまま金融政策を継続していることになる。その結果が倒産件数の減少なのだとしたら、事態は少々深刻である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

衣料通販ザランド、マーケティングにAI活用 時短・

ワールド

ガザ人質24人が生存、イスラエル政府 トランプ氏の

ビジネス

独鉱工業受注、3月予想以上に増加 関税の影響が焦点

ビジネス

塩野義、JTの医薬事業を1600億円で買収 鳥居薬
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗と思え...できる管理職は何と言われる?
  • 4
    分かり合えなかったあの兄を、一刻も早く持ち運べる…
  • 5
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 6
    「欧州のリーダー」として再浮上? イギリスが存在感…
  • 7
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 8
    首都は3日で陥落できるはずが...「プーチンの大誤算…
  • 9
    「関税帝」トランプが仕掛けた関税戦争の勝者は中国…
  • 10
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story