コラム

限界を迎える医療、軍事......制度疲労の近代国家とどう向き合えばいいのか

2023年08月05日(土)13時00分

欧州の社会福祉先進国では医療制度が限界を迎えている KATARZYNABIALASIEWICZ/ISTOCK

<政府が国民の面倒を見る近代国家のシステムはもう立ち行かなくなっている>

この頃、近代国家の制度疲労が目に付く。親戚がデンマークにいるが、風邪の症状がひどくなっても病院はいっぱいで、診察予約は2カ月先。それまでは自宅療養。同様の現象はスウェーデンやイギリスなど医療・社会保障先進国で顕著になっている。日本の医療はそこまでひどくなっていないが、病院はどこも患者でいっぱいで、医師そして看護師の負担は並大抵ではない。

そして軍隊。日本では景気が上向きつつある今、自衛隊の募集が一層難しい。今年の新規採用数は過去最低で、計画人数の半分以下にとどまる。同様の現象は徴兵制を近年停止した台湾、ドイツでも顕著で、若者が軍務を嫌い、定員を満たせていない。台湾は、18歳以上の男子に1年間の訓練義務(現行4カ月)を課そうとしている。

強権主義といわれるロシアでさえ、プーチンが戦争を始めると青年は数十万人も国外へ逃げ出してしまう。アメリカはベトナム戦争後に徴兵制を停止し、軍務経験者への大学入学優先措置などで定員数を充足してきた。しかしついに、昨年度は採用目標を達成できず、陸軍は目標6万人に対して4万4900人しか採用できなかった。

近代国家は「封建領主ではなく中央政府が税と兵を直接集めて戦争という事業をする」のが出発点。優れた徴税システムを作ったイギリスが、徴税を民間に委託していたフランスに勝った。フランスでは税が中抜きされる一方、税の恨みは政府に向けられ、革命で国王が首を切られた。

この「国民の血(兵士)と汗(税)を集める国家」は、第2次大戦後は、国民の生活の面倒を「ゆりかごから墓場まで」見る福祉国家へと変わる。国民が一人一票を持つ普通選挙制が広がったために、「政府が国民から搾り取る」時代は、「国民が政府から搾り取る」時代へと転換した。先進国の経済成長力が衰えた今、これがもう立ち行かなくなっているのだ。

政府の仕事を民営化、で済むのか

折しも社会は細分化し、以前のような「資本家と労働者、農民」のような仕分けでは足りない。数個の政党、組織が社会を取りまとめることができたのは、過去の話となった。人々は個別の権利主張をどんどん強めているし、日本の小中学校では不登校が24万人強に及んで、産業革命以来の「工業労働者養成のための画一的・マスプロ教育」は成り立たなくなっている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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