コラム

世界で変異し始めた「カネ」の行方

2021年02月10日(水)15時00分

ユーロ共同債でユーロの価値は上がる?(EU首脳ら)

<オイル・ダラーの収縮・中国の原油輸入の拡大・EU共通債──金融の流れを変え得る動きを読み解くと......>

1976年、カンボジアのポル・ポト革命政権は通貨を廃止した。カネは格差を生む資本主義経済の権化と見なされたのだ。

ポル・ポト政権は79年に侵入したベトナム軍に倒されたが、今世界ではカネの地位がまた揺れている。ドルの信用が問われているだけではない。有史以来存在してきたカネというものが、スマホの中の「何とか単位」に化けてしまうかもしれない。

世界では、リーマン危機後の金融・財政緩和、そしてコロナ救済措置で膨らんだカネがいたずらをし始めた。アメリカでは1月末、SNSで示し合わせた多数の個人投資家が特定の株や商品に資金を集中。金持ちのカネを投機に回して暴利を貪るヘッジファンドなどに、「天誅」を加えようとして相場を乱高下させた。

これはむら気で長期の動きにはならないが、もっと大きな変化もある。まず、戦後世界でのドル供給を担ってきたオイル・ダラーがこれから収縮していく。アメリカの原油輸入額は2008年の3259億ドルから19年には1163億ドルに収縮している。これに反比例して、中国の原油輸入額は10年の1330億ドルから18年には2408億ドルにまで増えている。その多くは今はドル決済だが、産油諸国が今後、人民元での支払いをのまされるようになると、オイル・ダラーはますます縮小するだろう。

そして今年から、EUが各国ベースではなくEUとして統合した「EU共通債」を3年間で最大7500億ユーロを売り出すことも大きい。これはドイツの経済力を裏打ちにしているので価値が安定しており、世界の諸国が外貨準備に繰り入れるのに適している。

それにEUは19年には2447億ドル分の原油を域外から輸入しており、これの大部分がユーロ決済に変わると、世界の金融の流れを随分変える。中ロ経済は統制強化に向かう以上が示すのは、「基軸通貨」としてのユーロの地位が少し上がる可能性だ。19年の世界全体の外貨準備は総額約12兆ドル。うち約7兆ドルは米国債で運用されているので7500億ユーロというEU共通債の発行額ではまだ発端にすぎないが(米国債の市場規模は17兆ドル)。

ブロックチェーンの普及で、例えばIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引出権)を世界の単一通貨として採用できるという声も聞こえる。しかし、ブロックチェーンは単なる記帳システム。アメリカもEUもブロックチェーンは使っても、ドルとユーロは手放すまい。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、11月CPIが予想下回る 

ビジネス

トランプ氏、FRB議長候補のウォラー理事と面会 最

ワールド

トランプ氏、大麻規制緩和の大統領令に署名 分類見直

ワールド

米政権、ICC判事2人に制裁 イスラエルへの捜査巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 9
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story