コラム

アメリカと中国を天秤に掛ければいいのか? 日和見で日本が失う自由と民主主義

2019年08月13日(火)16時00分

中国の急速な発展は外国の資本と技術に多くを負っている(上海) ALY SONG-REUTERS

<強すぎる国家が人間の権利と民主主義を踏みにじることを現代の日本人は知らない>

訳知り顔に言う人がいる。「この頃の米中対立は追い上げられたアメリカが覇権にしがみついているだけ。日本は双方と適当に付き合い、勝ったほうとよろしくやっていけばいい」と。

トランプ大統領がその粗野な言動でアメリカの品位を下げている今、愛想を尽かすのも分かる。だがもし中国が勝利すれば、今の日本人が空気のように無意識に享受している人間としての権利、そして民主主義は奪われ、われわれは窒息するだろう。

人権尊重、そして民主主義は、戦後アメリカが日本に力で押し付けたものだが、アメリカがおちぶれたら捨てていいものではない。日本人自身の気持ちにかなうものであり、死守しなければならないものだ。

筆者は外交官時代、ソ連に何年も勤務した。大げさに言えば、目ぼしいものは全て分配し、軍需以外での技術革新や投資はしない社会、他人と違うことを考え、やってはいけない社会を力で維持し、異端者は精神病院に送り込む国だった。

中国の外交官とも長年付き合ったが、専制主義国家の常として、彼らは自分の頭で考えず、自分の言葉で話さない。彼らの中で共産党の路線は、世界の万人にも絶対の真理なのだ。そしてそうした振る舞いが異常、異質であることに、自分では気が付かない。

強過ぎる国家は、人間の権利と民主主義を踏みにじる。ナチスドイツ、そして戦前の日本がいい例だ。ところがそれを知らない現代の日本人は、国家、政府に自分たちの面倒見を丸投げしようとする。

200年遅れの帝国主義

ひところの就職氷河期には、政府が企業に強制して自分たちを雇わせればいいと言う学生がいた。年金や医療も、政府が企業や金持ちにどんどん課税して、一般国民に分配してくれればいい、と思っている人は今も多いだろう。そんなことをしたら、金持ちはともかく企業は倒産し、日本は元も子も失ってしまう。

経済にしても「中国は国家主導だから、あれだけ急速に発展したのだ。日本も中国の『国家資本主義』に見習えばいい」と言う者が後を絶たない。

しかし、1990年代以降の中国の急速な発展は、外国の資本と技術に多くを負っている。鄧小平が外資優遇、市場開放の政策を取ったため、香港、台湾、華僑、そして西側の資本が急速に流入。中国は瞬く間に「世界の工場」となった。それで得た貿易黒字は西側からの直接投資流入分と合わせると、2000年代には年間30兆円を超えていた。これを人民元に換え、国内のインフラ建設に向け、不動産の転売を重ねて高度成長を演出したのである。

今でも中国の輸出の40%程度は外資系企業によるものだし、使用する半導体の85%程度は輸入に依存している。国家や党はこれに寄生してきたのであり、主導してきたわけではない。中国の高度成長は外資、そして民間の活力で実現されたのである。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英独、防衛条約に今月署名へ 相互援助を規定=報道

ビジネス

米エヌビディア、世界時価総額ランキングで首位に返り

ビジネス

日経平均は小反発で寄り付く、自律反発期待の買いで 

ワールド

トランプ氏、アフリカ5カ国首脳会議を来週開催 「商
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story