コラム

空虚な言葉だけが飛び交った、自覚なきトランプの中東歴訪

2017年05月30日(火)11時08分

「私は2人の指導者と、イスラエルとパレスチナという二つの民主国家が平和と治安のもとで隣り合って存在するという図式を共有した。2人の指導者は、それがそれぞれの民衆にとっての利益であることを理解し、それを達成するために交渉による解決にたどりつこうと決意している。

この図式を実現するための最終地位交渉を始める出発点は明確である。それは1967年に始まった(イスラエルによる)占領を終わらせることである。双方の合意によって、イスラエルがユダヤ人の母国(ホームランド)であるのと同じように、パレスチナ民衆の母国としてパレスチナが樹立されなければならない。交渉によって、イスラエルの国境の安全が確保され、認定され、防衛可能であることが保証されなければならない。さらにパレスチナ国家が主権を持ち、独立したもので、国として存立でき、分断されたものではないことを保証すべきだ」

ブッシュ氏は明確に「二国解決案」を提起している。

オバマ前大統領は中東和平の合意を公約に掲げて登場したが、第1期ではイスラエル・パレスチナ訪問は実現しなかった。

2期目の最初の訪問時、エルサレムでのスピーチで「二つの民族に二つの国家」と繰り返した。その上で、「イスラエルはユダヤ人入植地の活動が続くことは平和に逆効果であることを認識すべきであり、独立したパレスチナ国家は真の国境が引かれて国として存立できるものでなければならない」と、入植地問題に踏み込んだ。

ブッシュ大統領もオバマ大統領も、それぞれ2期8年を務めたが、結局、中東和平を進展させることはできなかった。それでも両大統領が、イスラエル・パレスチナの合意に向けて威信をかけたことは分かる。

イスラエル・パレスチナの和平実現は、今年50年を迎えるイスラエルの占領を終わらせるという作業であり、イスラエル軍の撤退やユダヤ人入植地の解体など、領土にしても、支配権にしても、イスラエル側が放棄しなければならない。米国が和平の仲介者として役割を果たそうとすれば、イスラエルに撤退や入植地について注文をつけることになり、それは米大統領としては相当の覚悟を強いられるはずだ。

オバマ前大統領はイスラエルに入植地建設の凍結を求め、ネタニヤフ首相は抵抗し、米国とイスラエルの関係は「歴史上最悪」とも言われた。それでも和平を実現できなかった。

【参考記事】イスラエルの入植に非難決議──オバマが最後に鉄槌を下した理由

パレスチナにはトランプの「予見できなさ」に期待があるが

ブッシュ、オバマ両大統領のイスラエル・パレスチナ訪問に比べて、トランプ大統領の訪問の軽さは一体何だろう。まるで観光旅行のノリである。

政権はまだ政権としての骨格も出来ておらず、どのような中東政策をとるかも見えないというのに、和平仲介者としての準備も決意もなく、どのような意図でイスラエルとパレスチナを訪問したのだろうか。中東和平の仲介者としての自覚が余りにも欠如している。

トランプ大統領は就任前から、テルアビブにある米大使館をエルサレムに移転すると公言してきた。今回のイスラエル訪問では大使館移転には触れなかったが、一方的にイスラエル寄りという立場は変わらない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA

ビジネス

根強いインフレ、金融安定への主要リスク=FRB半期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story