コラム

米国がイスラエルの右翼と一体化する日

2016年11月19日(土)06時50分

Kobi Gideon/Government Press Office (GPO)/Handout via REUTERS

<トランプ氏の中東の諸問題に関する認識には誤りも多いが、その発言内容をひもとくと、イスラエルの発想が透けて見える。トランプ次期政権がイスラエルの右翼と協調する初の米政権となれば、パレスチナ紛争やシリア内戦、ISとの戦い、さらには国際社会にも新たな危機が訪れるかもしれない> (上写真:9月にニューヨークで会談したトランプ氏とイスラエルのネタニヤフ首相。ネタニヤフ連立政権には右翼政党が参加している)

 中東でトランプ氏の米大統領選挙の勝利が確実になった日、サウジアラビア系の日刊紙アッシャルクルアウサトのデジタル版は「トランプが世界を驚かせる。先が見えない米国の行方」と大見出しで報じた。

 トランプ氏は選挙キャンペーン中の米メディアとのインタビューや演説で「なぜ、米国がサウジアラビアを守るために金を使うのか」や、「サウジが『イスラム国(IS)』との戦いに地上軍を出すまで、サウジの石油は買わない」などと語っていた。

 オバマ政権がイランとの核協議で合意し制裁解除で関係正常化に動いたことで、イランと対立関係にあるサウジと米国の関係がぎくしゃくしていたが、トランプ氏はサウジに対する不信感を示している。一方で、トランプ氏はイランの核協議合意についても「最悪の協定」として、「合意の破棄」を公約に掲げている。

 シリア内戦については「アサド政権よりもISの方が脅威であり、ISとの戦いを優先すべきだ」と「アサド敵視」の見直しを示唆している。アサド大統領は「トランプ氏が公約通りISと戦うなら、米国とシリアは同盟できる」と表明している。

 さらに米国の中東外交で重要な比重を占めてきた中東和平では、イスラエルが求めてきたエルサレムをイスラエルの首都とすることを認め、米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移すことを主張している。

【参考記事】自分が大統領にならなければイスラエルは破壊される──トランプ

 中東の諸問題に対するトランプ氏の発言がそのまま中東政策に反映されれば、すべてに慎重だったオバマ政権からは大きな転換となるだろう。サウジ系紙が見出しに掲げる「先が見えない米国の行方」というのはサウジ政権の懸念であり、中東のすべての国々の懸念であろう。

トランプ氏の中東戦略はイスラエルの発想

 しかし、いまの中東は、外交経験の全くないトランプ氏が強硬姿勢だけで乗り込めるような場所ではないし、「テロとの戦い」で世界を引き回した息子ブッシュ政権の失敗によって、いまの米国にはそのような力もない。

 この難しい状況で、トランプ次期政権はどのような中東戦略をとるのか。「テロとの戦い」がキーワードとなることは疑いないが、それはどのようなものになるのか。

 そのヒントは、トランプ氏が「テロとの戦い」について集中的に語った8月の選挙演説にある。その中でトランプ氏は、戦いの対象として「ISと、アルカイダ、さらにイランの資金援助を得ている(パレスチナの)ハマスと(レバノンのシーア派組織)ヒズボラ」としている。さらには「我々の偉大な同盟国であるイスラエルと、ヨルダンのアブドラ国王やエジプトのシーシ大統領と協力する」としている。

「テロとの戦い」の標的としてISとアルカイダを挙げるのは分かるが、それと並んで「ヒズボラとハマス」が登場し、協力相手として「エジプトとヨルダン」を挙げる発想はどこからくるのだろうか。

 演説の中で、トランプ氏はISが樹立宣言をした後、米欧で起こったテロを長々と挙げていったが、「ヒズボラとハマス」が関連している事件はない。「テロ組織」に「IS、アルカイダ」と「ヒズボラ、ハマス」を並べるのは、外交素人のトランプ氏自身の発想とは思えない。それは中東からの視点で見れば、イスラエルの発想である。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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