コラム

検察と二つの民主主義

2020年05月25日(月)07時42分

更に言うなら、韓国での議論はそこにすら留まらない。そこでは司法もまた、民主主義国家の下では、国民の意志に従うべきであるという理解が存在し、だからこそよく知られている様に、韓国では司法府の判決もまた、民意を強く意識して行われる。言うまでもなく、その結果の一端が、我が国の間に横たわる歴史認識問題での韓国司法府の判決の変化となって表れている。つまり、歴史認識問題における両国の認識の乖離にも、一面では両国の民主主義に対する考え方の違いが反映されているのである。

そしてだからこそ、国民の意志と一体化した時、韓国の検察や司法は日本とは比べ物にならない破壊力を見せる。次から次へと新たなスキャンダルが国民の期待通りに暴かれ、かつての権力者が失脚する。「民主主義体制においては全ては国民の意思に沿って判断がなされるべきである」という、民主主義に対する強い信頼がそこに存在し、検察はその信頼を背景に絶大な力を振るう事になる。

民主主義の完全性を信じない日本と、民主主義の徹底を追求する韓国。そのどちらの社会が望ましいかは、その国における有権者が決める事であり、研究者の立ち入るべき領域ではないだろう。ともあれ明らかなのは、韓国の社会には独自の論理があり、それは我が国における民族主義的な人々や「リベラル」を自認する人々が、ステレオタイプに認識するものとは大きく異なっている、という事である。異なる国には異なる民主主義があり、彼らは自らの選んだルールの中に生きている。その当たり前の事実を踏まえた上で、もう少し冷静に隣国を見る方法はないものだろうか。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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