コラム

日本の「新型肺炎」感染拡大を懸念する韓国がまだ「強硬手段」に訴えない理由

2020年02月17日(月)15時40分

そしてこの様な状況は、日韓関係にも一定の影響を与える事になる。何故なら、イデオロギー的左右の別を問わず世論が日本への強硬な姿勢を有している韓国においては、この様な状況において妥協的な対日政策を挙論する事は、自らの勢力拡大にプラスの効果を持たないからである。逆に、強硬的な対日政策の提示は、たとえそれ自身支持率の拡大等の効果を持たなくても、とりあえず自陣営からの喝さいを得る為の容易な手段の一つになっている。とりわけその事は大統領選挙の候補者とは異なり、個々の知名度が低い国会議員選挙の候補者たちにとっては、強硬な対日政策の提示が、手っ取り早いメディアへの露出の機会を提供する事をも意味している。例えばそれは、野党側の候補者にとっては現政権下における日本側輸出管理規制に関わる「不十分」な対応への批判であり、与党側からは現在の野党が政権を握っていた朴槿恵政権下において結ばれた、慰安婦合意をはじめとする過去の「妥協的」な対日政策への批判として現れることになる。

「三一節」は再び政治利用の場になるか

勿論、それはこの選挙において対日関係が重要なイシューとして議論されるであろう事を意味しない。対日関係はあくまで断片的に、また一方が他方を批判する際の材料の一部として議論されるに過ぎず、それ自身が現在の韓国政治において重要な問題として取り上げられることはない。しかしながら、与野党双方のイデオロギー的両極化と、その中の日韓関係への政治的な目的を持っての言及は、その後の文在寅政権が対日関係に関して「妥協的」な姿勢を取ることを困難とさせていくことになる。

そして選挙の前月、三月には「三一節」つまり、三一運動の記念日と恒例による大統領による演説が待っている。三一運動から100周年の記念日に当たった昨年の「三一節」での演説において文在寅は、韓国の保守勢力を植民地支配に協力した「親日派」の流れを引く勢力と決めつけて批判し、彼らの排除こそが韓国の真の民主化に不可欠だ、と力説した。果たして今年の「三一節」でも、文在寅はその演説の場を過去の歴史認識問題と絡めて野党保守勢力を批判する為の場として使うのだろうか。そしてその様な与野党双方の韓国政治家の行動により、日韓関係は政治的に利用され、傷つけられていくことになるのだろうか。まずは101年目の「三一節」での大統領の演説に注目する必要がありそうだ。

20200225issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月25日号(2月18日発売)は「上級国民論」特集。ズルする奴らが罪を免れている――。ネットを越え渦巻く人々の怒り。「上級国民」の正体とは? 「特権階級」は本当にいるのか?

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州委、米の10%関税受け入れ報道を一蹴 現段階で

ワールド

G7、移民密輸対策で制裁検討 犯罪者標的=草案文書

ワールド

トランプ氏「ロシアのG7除外は誤り」、中国参加にも

ワールド

トランプ氏、イランに直ちに協議呼びかけ 「戦いに勝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story