コラム

信念なし、熱烈な支持者もいないが「信用できない」わけではない...イギリスのキア・スターマー新首相は何者?

2024年07月25日(木)18時13分

スターマーは「新しいイギリス」などといった公約は掲げず、せいぜい壊れた部分を修復すると約束している程度。だからといって彼が何事にも尽力しないということにはならない。彼は特に異論も起こらないような課題を好む。公平性、良い統治、貧困の解消、公正な社会、法の支配......。

ただ、それは哲学とは程遠く、これらを実現するためにいかに最善の道を探るかビジョンを示してもいない。何か問題に直面すると、スターマーは専門家を集めて最善の策を相談するのが常だとはよく言われてきた。つまり、リーダーというよりはマネジャーだ。

彼は、医療制度や刑事司法(刑務所の過密は大きな問題になっている)などの重要課題で保守党政権より成果を上げると約束している。これらを成功させれば、国民から愛されるとまではいかなくとも尊敬はされるだろう。問題は、核となる信念もなさそうなために、彼が状況にどう対処していくのか見当もつかないという点だ。

スターマーにとって危険なのは、実は脆弱な「大きな信任」を得てしまったこと。労働党は小さな得票差で地滑り的勝利を収めた。より良い統治が実現できなかった場合、大目に見てくれる好意的な支持者が大勢いるわけではない。

労働党のコア支持者の多くは、急進的な社会主義者ではないという意味で彼のことを「薄赤色の保守党員」と見なし、鼻をつまんで投票した。保守党に不満を抱えた保守党支持者たちは、スターマーを熱烈に支持するからではなく、保守党の失策に抗議するため労働党に票を投じた。

政権交代時は期待感が高まるが

この先、政府が国民の望みを実現できない事柄は必ず発生するだろうが、そんなときにスターマーの側近は、「それでも信じて突き進もう」という決まり文句を使えないだろう(サッカーの監督が成績不振のときによく言う言葉だ)。明確な目標が見えないし、その目標に向けた大きな前進の流れの中での後退とは考えられないからだ。

新首相には幸運を祈るものだし、政権交代は物事が好転しそうだという期待感をもたらす。でも今回の場合、人々はよく知ったリーダーを選んだとは思っていない。「信用できない」とは思わない人物を選び、今後の様子をじっとうかがっている。

ニューズウィーク日本版 世界最高の投手
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月18日号(11月11日発売)は「世界最高の投手」特集。[保存版]日本最高の投手がMLB最高の投手に―― 全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の2025年

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中、通商分野で歩み寄り 301条調査と港湾使用料

ビジネス

テスラの10月中国販売台数、3年ぶり低水準 シャオ

ビジネス

米給与の伸び鈍化、労働への需要減による可能性 SF

ビジネス

英中銀、ステーブルコイン規制を緩和 短国への投資6
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 6
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story