コラム

郵便局事件だけじゃない、知られざるイギリスの冤罪、誤審

2024年01月27日(土)18時53分
SIDSで子供を失ったが殺人罪で服役したイギリスのサリー・クラーク

SIDSで2人の子供を失ったが殺人罪で有罪となり、3年の服役の後に釈放されたサリー・クラーク(中央、2003年)

<画一的な判断のせいで無実の力なき庶民たちが苦しめられる――過去にも理不尽な誤審はこんなにあった>

イギリスの郵便局スキャンダルで、単に単独の被害ではなく、ある特定層の人々が丸ごと巻き込まれるような誤審や冤罪事件について考えさせられた(単独の冤罪事件も十分悲劇的なことは確かだが)。

イギリスの人々は、郵便局スキャンダルをウィンドラッシュ・スキャンダルになぞらえてきた(英政府の招きでカリブ海諸国から渡英し数十年イギリスに貢献してきた多数の移民が、2010年の英政府方針により突然、国外退去などのリスクにさらされた出来事)。どちらも近年問題になった事件であり、重要な点で似通っているからだ。

特に、重大な過ちが判明し、そのせいで人生を破壊された人々がいることが明らかになった後も、長い間まともな解決がなされずにきたという点で。とはいえ郵便局スキャンダルは、刑事訴追にまで及んだところが違う。

そんなわけで僕が郵便局スキャンダルで思い返したのは、はるか20年ほど前、乳児を亡くした母親たちが当事者となった一連の裁判だ。郵便局スキャンダルと同様に、いくつか別々の事件があり、それぞれに悲劇があり、長年の間に数々の進展があったから、全体像を説明するのは難しい。ざっくり言えば、子供が1人SIDS(乳幼児突然死症候群)で亡くなったら、それは非常に悲しい不幸な事故だと思われていた。もしも同じ家族でもう1人の子供が死亡したら、それは疑わしいと判断され、さらに3人目が出たら、殺人事件とみなされた。

ごく単純に、これは偶発的出来事に関する統計の過ちだった。いうまでもなく、SIDSはまれではあるが起こり得る事象だ。ある医学専門家は、同一の母親の下でSIDSが2回以上発生するのは天文学的に可能性が低いと断定し、それゆえに他の理由、すなわち代理ミュンヒハウゼン症候群(子供を病気に偽装し周囲の同情を得ようとする精神疾患)の可能性を考える必要があると主張した。平たく言えば、この母親たちは、人々の気を引こうとするあまり子供たちを殺したのだろうと告発された。

有罪が覆ったのは3件だけ

これは的外れだった。SIDSは完全に無作為に発生するわけではない。全体像は解明されていないが、ひょっとすると環境や遺伝的要因により、SIDSに比較的陥りやすいタイプの子供が存在するのかもしれない。だから、SIDSで死亡した乳幼児のきょうだいにSIDSが起こる可能性は、他の家庭で無作為にSIDSが起こる可能性よりはるかに高い。

ある裁判で陪審員たちは、同じ両親の下で2人の乳幼児がSIDSで死亡する確率は7300万分の1だというふうに説明を受けた。この数字はあくまで、発生確率の低い事象を掛け合わせただけのもの。実際には、平凡な論理のほうが的確だった。つまり、一度起こったなら二度起こる可能性があるし、二度あることは三度ある。

結局、有罪が覆ったのは3件だけだったが、他にも無罪のケースがあったのではないかという疑念はささやかれ続けている。例えば、3人の乳児を亡くしたある女性は、起訴されたものの、陪審は彼女を無罪とした。彼女は不当に起訴されたが、有罪判決を覆す必要はなかった。誰であれ女性が子供を1人、2人と失った上に非難され苦しめられる可能性があることを考えると、恐ろしくなる。

最も有名なのは、2人の息子を殺害したとして3年間服役したサリー・クラークの事件だ。彼女はトラウマから立ち直ることなく、数年後にアルコール中毒により42歳で死亡した。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

三菱UFJ、米オープンAIと戦略的連携 グループの

ワールド

ケネディ元米大統領の孫、下院選出馬へ=米紙

ビジネス

GM、部品メーカーに供給網の「脱中国」働きかけ 生

ビジネス

日経平均は反発、景気敏感株がしっかり TOPIX最
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 6
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    炎天下や寒空の下で何時間も立ちっぱなし......労働…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story